医療従事者の数は?

では…その分、医師・看護師の数は確保できているか? 英米の5倍も需要・供給されている莫大な医療を提供する側の医療従事者は、その分確保されているのか?

というと全くそんなことはなく、逆に

・医師数は国際平均より少し少ない方
・看護師数は少し多い方

とそんな程度です。

つまり、英米の5倍も医療を提供している一方で、人員は普通程度しかいない。

これでは人員不足で労働環境もブラックになるに決まっています。

では、医師不足・看護師不足を解消するために、看護師のブラック労働を解消するために、医師・看護師を増やすべきでしょうか?

普通に考えて、まずは英米の5倍もある「医療の供給・需要過剰」を何とかすべき、と考えるほうが普通でしょう。

では、どうしたら医療の供給(需要)を減らせるのでしょうか?

それを考えるには、なぜ医療は供給・需要過剰になっているのか?を考えることが近道です。

医療市場の失敗

あまり知られていませんが、世界の医療は「公的機関」で提供されるのが普通です。公的機関ですので利潤を追求するビジネスとは切り離されています。日本の警察・消防も「お客さんを増やしたい!」というビジネス感覚・競争意識で運営されているわけではありませんね。それと同じような感覚で「病院」が運営されているのです。

一方、日本の医療はほとんどが、利潤追求型の民間病院によって提供されています。もちろん日本にも一部公立・公的病院がありますが、その公立・公的病院ですら、「赤字」を議会で追求されたりして、利益を追い求める傾向が強くなっていて、「お客さんを増やしたい!」というビジネス感覚・競争意識で運営されています。

一般的には、飲食業・自動車産業・観光業・流通業など、ほとんどの業界は自由市場に開放する「市場原理」によって業界全体が切磋琢磨し発展してゆきます。つまり、「お客さんを増やしたい!」という各企業の欲求が業界内の正常な競争を促し、業界全体の健全な発展に寄与するということです。

しかし医療は違います。医療という分野は、自由市場に開放すると「市場の失敗」が発生することが知られているのです。

その理由は2つ。

モラルハザード

自動車や飲食業と違って医療には健康保険があり、消費者である患者さんの自己負担は非常に安く設定されています。

5000円のフランス料理のコースを1日3回、毎食食べるという人はまずいないでしょう。食費だけで月に45万円…そんなお金持ちもそうそういないでしょうから。

ただ、これが自己負担1割なら一食500円です。食費がひと月4万5千円、しかも宅配してくれる! これは現実問題として、「ありうる商品」だと感じませんか?

そう、これが「モラルハザード」です。

実は残り部分の支払いは、保険や税金などの公的扶助で賄われているだけなんですけどね。つまり支払いのうちの大部分が「みんなで出し合ったお金」から支払われる、ということ。

この制度、「貧富の差なく国民の誰にでも公平な医療を!」という理念の元に世界各国で導入されている素晴らしい制度なのですが、一方でこうした「コスト意識の欠如」も生んでしまうのです。

こうなると当然、他店と競争するよりも、「どうせ安いんだから、必要以上にもっと注文しませんか?」という方向に流れていくに決まっています。

これで健全な「競争市場」が成り立つわけがありませんね。

情報と権力の非対称性

いやいや、

「どうせ安いんだから、必要以上にもっと注文しませんか?」なんて無理でしょ、安くても出費はあるんだから。そんなにみんなが注文するわけない…。

と思いますよね。

でも、それは認識が甘い。

医療という商品は、患者さん側と医療提供側で、持っている情報に差が非常にあるのです。つまり、医者は医療のことをよく知っているけど、患者さんはあまり知らない。だから患者側としては、何が良い医療なのか、どんな医療が自分に必要なのか、殆どの場合「不明」なのです。

自分に必要な医療の量が分からないのですから、「専門家にお任せ」する以外に道はない…。しかも、多くの場合、医師側は権力構造的に患者さんより上にいます。医師は多くの場合、患者さんに指示できる立場なのです。

そう、これが「情報と権力の非対称性」です。

「この薬を飲みなさい」
「次はまた〇〇に受診に来なさい」

と言われ、

「いや、私はそうは思いません。〇〇という論文も出てます。私には必要ありません。」

と、医師に正面から反論できる患者さんはほとんどいないのです。

つまり、医療という商品(あえて商品と言います)は、

・モラルハザード
・情報と権力の非対称性

この2つによって「売りたいだけ売れてしまう商品」なのです。

「お客さんを増やしたい!」というビジネス感覚・競争意識で医療が提供されると、本当にどんどん、必要以上にお客さんが増えてしまうのです。