このように私たちは子供のころから大人にかけて、加熱と冷却は対称的であり、簡単に逆行できる現象であると信じ込まされてきました。

しかし近年の温度研究(非平衡系)の急速な進歩により、物体の温度変化に「速度制限」が存在することなどが明らかになってきました。

物体が温度を変化させる速度は、単に投入エネルギーの大きさだけでなく、エネルギーがどのように散逸し、物体内の粒子の乱雑さ(エントロピー)がどのように生成されるかにも依存します。

このため、投入できるエネルギーがいくら大きくても、温度変化の速度には上限が存在します。

またいくつかの研究では、加熱と冷却に同等と言える状態に設定しても、加熱が冷却よりも早く進むことが報告されました。

日常生活でも、料理やお湯は熱するのは短時間でできても、冷やすのは長い時間がかかるという経験を誰もがしているでしょう。

研究者自身も「子供のころからなぜ加熱が冷却よりも効率的なのかと言うことに興味がありました。そしてなぜ電子レンジの逆の急速冷却機がないのかと疑問を抱いていました」と述べています。

温度の下限は-273℃である一方で、キッチンのガスコンロの火の温度は1700℃と、上限値のほうに振れ幅が多いのは確かです。

しかしそれを考慮したとしても、日常でも実験室でも、加熱が常に冷却よりも素早く起こるのは奇妙と言えるでしょう。

そこでマックス・プランク研究所の研究者たちは、加熱と冷却はそもそも対照的なミラーイメージのようなものではなく、根本的に異なる経路を持つ現象であると考え、実験を行うことにしました。

加熱と冷却は確率分布が進む道のりそのものが違う

この図は、シリカ粒子の運動(振動)と時間経過による状態の変化を記録し、加熱と冷却の違いを示しています。横軸は「時間」、縦軸は「統計的な変化量」(例えば、エネルギーやエントロピーの差異)を表しています。赤いラインは、粒子が低温から高温に加熱される際の状態変化を表しています。青いラインは、粒子が高温から低温に冷却される際の状態変化を示しています。加熱は「短い時間で多くの変化を一気に進める」のに対し、冷却は「徐々に変化を進める」ため時間がかかります。粒子の確率分布が進む経路(統計的距離)そのものが異なり、同じプロセスを逆行しているわけではないことを示しています。
この図は、シリカ粒子の運動(振動)と時間経過による状態の変化を記録し、加熱と冷却の違いを示しています。横軸は「時間」、縦軸は「統計的な変化量」(例えば、エネルギーやエントロピーの差異)を表しています。赤いラインは、粒子が低温から高温に加熱される際の状態変化を表しています。青いラインは、粒子が高温から低温に冷却される際の状態変化を示しています。加熱は「短い時間で多くの変化を一気に進める」のに対し、冷却は「徐々に変化を進める」ため時間がかかります。粒子の確率分布が進む経路(統計的距離)そのものが異なり、同じプロセスを逆行しているわけではないことを示しています。 / Credit:M. Ibáñez et al . Nature Physics (2024)