「高田もの」のもつ指針力

もちろん「模倣、吸収、紹介」は程度の差があり、森嶋のいうように「『高田もの』という固有名詞で呼ぶに値する独特の高級『紹介・批判もの』である」(森嶋、前掲論文:180)と評価される。

もちろん「『高田もの』はそれ自体が完成品でなく、将来の展開のための準備的覚え書き」(同上:180)であり、「それは私たちに問題の所在を教えるだけでなく、第一級の頭脳によって生み出された示唆や発想や洞察を大量に埋蔵している」(同上:181)ことも事実である。

程度の差こそあれ、社会学でも経済学でもこのような「高田もの」の有用性は論を待たない。それ故に、高田著作群が学界で放置されてきたことは残念でならない。

「研究成果」も「生き方も学ぶに値する」

そして社会学・経済学とは別に高田は歌人でもあり、佐賀県の10校を超える小中高の校歌を作詞し、宮中御歌会召人にもなったほどの評価を受けていた。

『高田保馬自伝「私の追憶」』の「あとがき」で、編者の一人であり高田よりも88歳年下の吉野は、社会学と経済学を一身に兼ねた高田は「学際的研究の偉大な先駆者」であり、週刊誌連載の「私の追憶」が「自伝文学」の魅力を持つことに気が付いたという。

後に続くものは、先覚者としての膨大な業績を謙虚に学ぶしかないが、社会学・経済学の研究成果だけではなく、その奥に「人生の苦難」を見出した吉野は、高田の「生き方も学ぶに値する」と確信した(同上:288)。

「理性」を支えた「感性」は後回しにされてきた

高田の「挫折と栄光の生涯」は、専門書の「序」や「自序」の末尾に置かれた和歌からも読み取れることがあるが、「理性」が担う「学際的研究」からは零れ落ちる「感性」によってまとめて綴られた「歌集」や「エッセイ」に、その両者はあまねく表現されている。

ただこれまでの社会学者や経済学者の高田保馬の理論研究では、当然ながら社会学と経済学の専門書の研究が優先され、研究者の関心の大半がここに集中してきた。それは、高田理論の現代的継承と応用を試みる研究者でも、最初から高田理論を酷評する意図を持つ著者でも同じであった。歌人の側面が社会学者や経済学者の研究では含まれることはなかった。

その理由は、高田社会学理論の最良の解説と私が考える富永論文での次の述懐、「その方面の訓練をもたない私は、申し訳ないけれども歌人としての先生をここで語る能力をもたない」(富永、1949=1971=2003:33)に象徴されている。

和歌集から「感性」を読み取れるか

私もまた和歌も俳句も指導を受けたことはなく、『万葉集』『古今和歌集』『新古今和歌集』を読んだことはあるが、それを使って何かを書いたことはない。

ちなみに、小西によれば、『万葉集』の歌風は「素朴で力づよく、直線的である」。それが『古今和歌集』では「理知的・技巧的・曲線的な表現」となり、『新古今和歌集』になると「技巧のデリケートな複雑さ、余情の深いゆらめき、感覚的な色彩美、幽玄な象徴」とされる(小西甚一『基本古語辞典<改訂版>』大修館書店、1969、以下、連載では『基本古語』と略称する)。

高田晩年の『望郷吟』に集められた作品のうち、「特に深く感じた」歌に対しての「感想」「読後感」を寄せた窪田空穂は、歌人としての高田の資質を「心情の清純さ」、「現実性と浪漫性」、「表現技法の適確性」とした(窪田、1961:33-34)。高田の「知性」によりこの三種の資質が作用して秀歌を作り得たというのである。

オリジナル作曲集『北の恋心』

私は和歌の経験はなく、しいて言えば若い頃から実践してきた歌謡曲を作詞作曲する際に、七五調もしくは五七調の作詞を得意とする程度である。オリジナルのCDは「北の恋心」(4曲)と「昭和歌謡作品集」(6曲)を自費出版したものがある。

また、佐伯孝夫と宮川哲夫の歌詞を細かく分析して、メロディとリズムそれに曲調などにも触れながら、昭和の大作曲家吉田正の評伝を上梓した程度である(金子、2010)。

そのような覚束ない解釈や鑑賞のレベルではあるが、いくつかの補助線を使って、100冊の本を書き上げた「理性」を支えた高田の「感性」について、和歌に託された「悲しみと喜び」「挫折と栄光」などの「人生模様」を描きだしてみたい。

 

【参照文献】

金子勇,1993,『都市高齢社会と地域福祉』ミネルヴァ書房. 金子勇,1998,『高齢社会とあなた』日本放送出版協会. 金子勇,2006,『少子化する高齢社会』日本放送出版協会. 金子勇,2010,『ミネルヴァ日本評伝選 吉田正』ミネルヴァ書房. 金子勇編,2003,『高田保馬リカバリー』ミネルヴァ書房. 小室直樹,2004,『経済学をめぐる巨匠たち』ダイヤモンド社. 小西甚一,1969,『基本古語辞典<改訂版>』大修館書店. 窪田空穂,1961,「高田博士の第三歌集に寄す」高田保馬『望郷吟』日本評論新社:1-35. 森嶋通夫,1981,「誠実の証しとしての学問」高田保馬博士追想録刊行会編『高田保馬博士の生涯と学説』創文社:172-192. 森嶋通夫、1994『思想としての近代経済学』岩波書店. 斎藤幸平,2020,『人新世の「資本論」』集英社. 佐藤俊樹,2023,『社会学の新地平』岩波書店. 高田保馬,1919,『社会学原理』岩波書店. 富永健一,1971=2003,「解説 高田保馬の社会学理論」高田保馬『社会学概論』ミネルヴァ書房:331-371. 柳田國男,1990,『柳田國男全集12』筑摩書房. 吉野浩司・牧野邦昭編,2022,『高田保馬自伝「私の追憶」』佐賀新聞社. 吉野浩司,2022,「付論二 高田保馬の家郷肥前三日月―草花の匂う社会学の誕生」同上書:264-287. 吉野浩司,2022,「あとがき」同上書:288-290.

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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