結果として、地球全体の生化学的バランスが一変し、従来の生物圏に属する生物がアクセスできなかった形の資源プールや栄養経路が新たに定着する可能性があります。
こうした「第二の生命の樹」は、既存の食物連鎖とは交わらないため、エネルギーや元素循環の流れも独自のパターンを獲得するでしょう。
たとえば、海洋深層や地下水脈、極地氷床下といった極限的な環境下で、従来種とは全く異なる酵素反応や環境適応戦略を発達させることで、新生命圏が孤立した「生態的ポケット」として拡散・進化し続ける可能性もあります。
また第二の生命の樹で誕生した病原菌が、既存の生命の免疫システムでは対処できないパンデミックを引き起こす可能性もあります。
異なる生命の樹に属する生命にとって相手側は完全な競争相手であり、理論的には、バイオマスを減らせば減らすほど、自分が属する樹を広げることができます。
つまり鏡像細菌の出現は、生態系をより過酷な場に再編成してしまう危険性も秘めているのです。
ただし、鏡像生命ではなく鏡像生体分子の研究のほうは、大きな恩恵となる可能性を秘めています。
医薬品や材料科学、基礎研究への応用は、生きた鏡像生物を生み出さなくても実現可能です。
そうした分子レベルの応用に焦点を当てることで、技術革新をもたらしつつリスクを最小限に抑えることも可能になるでしょう。
科学者たちは、ミラーバイオロジーの潜在力を最大限に引き出しつつ、その最悪のシナリオを回避すべきだと結論しています。
かつて人類は、核兵器の危険性について危惧していたアインシュタインをはじめとする研究者たちの声明を無視し、戦争で核を使ってしまいました。
結果、予想もつかない核兵器の毒性を体験することになります。
同じ過ちを繰り返さないためにも、著名な研究者たちの声明には耳を傾けるべきでしょう。