この特性は新しい医薬品開発に有利であり、HIVやアルツハイマー病といった疾患の治療を、より長時間作用する薬剤で行える可能性を秘めています。
また2022年には、中国の研究者が「鏡像遺伝子」を読み取り、「鏡像RNA」を産生する鏡像酵素の開発にも成功しました。
この酵素があれば、適切にDNAを設計することで、さまざまな種類の鏡像細菌を作成できるようになります。
専門家は、こうした技術が10~30年後には完全な「鏡像生命」創造へと発展し得ると予想しています。
シドニー大学の化学者リチャード・ペイン氏は、「鏡像生命体の誕生は、この分野の究極の目標です」と期待を語ります。
しかし、この可能性は同時に重大なリスクもはらんでいます。
鏡像細菌を絶対に誕生させてはいけない理由
通常の細菌とは正反対の化学的性質を持つ鏡像細菌は、自然界での天敵や捕食者に対して驚くべき耐性を発揮します。
鏡像細菌は天敵となるアメーバなどが有機物を消化・分解する際に使う分子が効かないため、捕食に対して極めて強い耐性があるからです。
もし鏡像細菌(鏡像セル)が川や土壌に紛れ込めば、誰も捕食や消化ができないため、その増殖を食い止める生物はいません。
(※鏡像細菌を食べた天敵たちも鏡像細菌からエネルギーを得ることはできません)
結果として環境には既存の生物が使えない右利きアミノ酸や右利きタンパク質が増加し、在来種を餓死に追いやったり、生態系そのものを支配する危険性があります。
進化生物学者ディーパ・アガシ氏は、このような環境破壊と生態系混乱が「かつてないほど壊滅的な影響をもたらし得る」と警告しています。
生態学的観点から見ると、鏡像バクテリアは全生命にとっての侵入種(外来種)のように振る舞うことで生態系を混乱させる可能性があります。
さらに問題なのは、鏡像細菌が突然変異と進化を経て、厄介な脅威へと変貌する可能性があることです。