私たちの免疫システムは「右利きDNA」や「左利きタンパク質」を前提としているため、その逆手である鏡像生物を簡単に見分けられません。

そのため現在の地球に存在する捕食者や免疫システムは、理論上、彼らに対処できない可能性があります。

植物さえも、鏡像細菌を感知することができず、打つ手がない状態になるでしょう。

鏡像分子を持つ生物を消化するのは困難です
鏡像分子を持つ生物を消化するのは困難です / Credit:Canva . 川勝康弘

研究室に備えられた安全機構は、リスク低減に役立つ一方で、ゼロにすることはできません。

実験室での事故やヒューマンエラー、そして意図的な悪用によって、鏡像生物が拡散される可能性は消せないのです。

技術が兵器として利用されれば、対抗手段の乏しさから、人類は前例のない危機に直面するかもしれません。

(※もし鏡像の左手型タンパク質分子で構成された人間が生成されてしまった場合、その人物は通常の右手型タンパク質で構成された人間との間に子供を残せない可能性もあります)

専門家は鏡像バクテリアを攻撃する「鏡像ファージ」ウイルスなどの対策を検討していますが、それでも不十分な可能性が高いといいます。

新たな「鏡像抗生物質」の開発も議論されていますが、鏡像パンデミックが起きた後では手遅れになるかもしれません。

そのため、研究の規制や監視が、今求められているのです。

互いに喰い合えない「第二の生命の樹」

現時点で、鏡像細菌はまだ鏡の世界に留まっています。

しかし、もし彼らが現実世界に解き放たれれば、既存の生物圏内では見られなかった新たな生化学的経路が活性化し、やがては既知の生命樹とはまったく独立した「第二の生命の樹」が根付く可能性があります。

この新たな生命体系は、通常の微生物群が担ってきた分解・循環プロセスとは異なる代謝経路によって物質を変換し、従来の生態系が利用できない有機分子や無機資源を、別の形へと組み上げていくかもしれません。