トヨタ自動車系ディーラー「NTP名古屋トヨペット」の元社員が、架空の売買の仲介取引を自動車販売会社に持ち掛け約1億円を詐取したとされる事件。容疑者の男性はかつては1700万円あった年収が販売先の減少で400万円ほどに減り、顧客に対し自己負担で行っていた値引きの原資を確保することが犯行の動機だったと供述しているとも報じられているが、自動車ディーラーではここまで大幅に年収が変動するというのは珍しくないのか。また、男性はすでにNTP名古屋トヨペットから懲戒解雇されているが、コンプライアンスや取引プロセスのチェック体制などが整備されていると思われるトヨタ系正規ディーラーで、なぜ社員による詐欺的な取引が起きたのか。業界関係者の見解を交えて追ってみたい。
都道府県ごとに法人化されている(一部地域を除く)トヨペット店は、トヨタ系の国内販売店で、いわゆる正規ディーラーとして知られている。かつてはカムリ、プリウス、アクアなどの車種を扱い、トヨタ系ディーラーのなかではハイミドル層向けの販売店という位置づけだったが、2020年のトヨタによる販売チャネル制の廃止により、現在ではトヨタの全車種を扱っている。
そんなトヨペット店のなかでもトヨタのお膝元、愛知県のNTP名古屋トヨペットで事件が発生。元社員の男性は自動車販売会社に対し、売買の仲介を持ちかけ、代金を立て替えれば1000万円を上乗せして支払うなどと虚偽の説明を行い、約1億円を詐取した疑いが持たれている。男性は他にも複数の会社に同様の話を持ち掛け、計14億円以上の架空の取引を行っていた疑いがあるといい、手広く不正を行っていたとみられる。
グレーな商取引は存在する
存在しない在庫車両の販売の仲介を持ち掛けて約1億円をだまし取るというのは、具体的にどのような手口が考えられるのか。中古車販売店経営者で自動車ライターの桑野将二郎氏はいう。
「容疑者がどのようなポストの営業担当者だったかにもよりますが、ディーラーの営業担当者が同業他社とのつながりのなかでグレーな商取引をしているケースは、ないとは言い切れないと思います。自社扱いの新車はさすがに取引履歴がしっかり管理されているので、不正はしにくいと思われますが、例えばお客さんから下取りした中古車を営業担当者の裁量で横流しして、いくらかマージンをもらうという話は珍しくありませんし、長年ディーラーの営業担当者をやっていると同業者(ディーラーから独立した中古車販売会社の社長や、その紹介で付き合いが生まれた中古車販売会社など)とのやりとりで、誰かを紹介されたり紹介したりという機会も増えていきます。
そうした業者同士のやりとりのなかでWin-Winの商取引を続けていくと、信頼関係も築かれるでしょう。横のつながりが広がるほどに、同業他社の関係性を把握し、誰と誰のお客さんが共通してるとか、どこの店とどこの店がライバル関係にあるとか、いくつかのポイントを商取引に利用できることに気付いたりするのかもしれません。
例えば、A社の知人(知ってはいるけどあまり仲良くもない同業B社)のお客さんが1500万円の車を買いたいと言っているが、B社は資金力がないので、儲けが出るように仲介するからこちらへ1000万円振り込んでもらえないか、とA社に持ちかけます。A社は一時的に1000万円を立て替えることで、後日多額のマージンがもらえるようにする、という容疑者の話にのって、容疑者宛てに振り込みします。この取引自体が架空だとすると、容疑者は1000万円をそのままネコババしてしまうというようなかたちです。
『ディーラーの営業担当者がまさか詐欺をしないだろう』という信頼と安心感、そして、もし対象となる車がディーラーから卸される車種だった場合は、一時的な立て替えでマージンが発生するという取引もあり得るだろうという錯覚を起こさせます。今回の事件は、こうした架空の取引を中古車販売会社にもちかけて、お金を騙し取った疑いで逮捕されていますが、自動車業界は全体的に景気が芳しくないため、儲け話に対する疑いのガードが緩くなってしまった心理的な面も、少しは関係しているのではないでしょうか」(桑野氏)