11月のトランプ再選の背景に、民主党系リベラルが推し進めてきたwokeismへの反発があることはよく知られますが、実は主戦場のひとつが、まさに「歴史」だったんですね。
その象徴が、ニューヨーク・タイムズ(NYT)が2019年から始めた「1619プロジェクト」で、米国民にとっての自国史のはじまりを、メイフラワー号到達(1620年)や独立宣言(1776年)ではなく、最初の黒人奴隷が連行されてきた1619年に置きなおす試みでした。
そこまでなら野心的な挑戦だったのですが、その先がまずかった。要は「政治的な正しさ」のために、話を盛っちゃったんですね。
なんと、アメリカが英国からの独立に踏み切った理由は「奴隷制を維持するためだった」とまで曲筆したばかりか、さすがにそれはどうかと異を唱えた社内の批判者に圧力をかけ、辞職に追い込んだり。社外からのSNSでの攻撃も絡んで生じた、いわゆるキャンセルカルチャーです。
しかし、NYTの暴走に対して米国の歴史学者が示した態度は、彼らの矜持を伝えるものでした。同書にも再録された、会田さんの記事にいわく――
論争はまず左派からの批判で始まったことは特記しておきたい。特集発表直後の昨年〔2019年〕9〜10月に、まず『世界社会主義ウェブサイト』がブラウン大名誉教授で建国期研究の権威、ゴードン・ウッドら著名な歴史家8人とのインタビューを次々と掲載し、1776年の米国独立が奴隷制維持を主たる動機としたという歴史叙述と背景説明などについて事実誤認や曲解を指摘した。 (中 略) ウッドとウィレンツを含む著名な歴史家5人は昨年12月、NYTに事実誤認などを指摘する詳細な書簡を送ったが、NYTは事実上はねつけている。そのため、有力誌『アトランティック』がウィレンツによる事実誤認の詳細で学術的な指摘と、NYTとのやりとりの経過説明を掲載。 さらに3月に入って、今度はNYTが特集の掲載前にファクトチェックを依頼したうちの1人、ノースウェスタン大学の女性黒人教授も、NYTがファクトチェックを無視して掲載に踏み切ったと告発する手記をオンライン政治ニュースサイト『ポリティコ』に寄せた。 NRBも『アトランティック』も『ポリティコ』も進歩派系であり、いわば仲間からの忠告意見だ。学者たちも含め、黒人の視点に立って歴史を見直す試み自体を否定しているわけでなく、NYTの姿勢は評価している。そのうえでの厳しい批判だ。