なぜ、結晶内部の電子は「質量を失った」ように見えるのでしょうか?
プレスリリースでも研究者たちは、「もし粒子が本質的に高速で移動する“純粋なエネルギー”の状態にあるなら、その粒子は質量を持たない可能性がある」と指摘しています。
もっと平たく言えば、ある方向へ動く電子のエネルギー状態が、普通なら質量を持つはずの「電子的な状態」から、質量を持たない「光子的な状態」へと切り替わり得る、ということです。
つまり、一方向に向かうときだけ粒子が急激に加速して、別の方向では遅くなるような状況を作り出せば、理論で予想されていたセミディラックフェルミオンが「顔を出す」可能性があるわけです。
今回の実験では、ZrSiS結晶を極限的に冷却し、超高磁場をかけることで、内部の電子がいろいろな方向へ自由に流れる不思議な環境を用意しました。
さらに、結晶内部の「電子の交差点」に焦点を絞ることで、磁場方向に沿って走る電子と、その直角方向へ逃げる電子を、細かく観察できるようにしたのです。
その結果、ある地点までは電子が高速ルートを駆け抜け、まるで「質量ゼロ」の粒子のような超高速状態を示すにもかかわらず、交差点で方向転換した途端、抵抗に遭い、「質量を持つ」状態へ戻ることがわかりました。
研究者たちはこの現象を、「高速鉄道に乗っていた粒子の列車が、交差点で普通の線路に逸れて減速し、質量を再びまとったようなもの」と、特殊相対性理論になぞらえつつ解説しています。
もちろん、結晶中の電子が本当の光速で飛び回っているわけではありません。
あくまでエネルギー状態が光子のような性質へ近づいたり、遠ざかったりしているにすぎません。
しかし、アインシュタインの相対性理論をイメージすると、この現象が「なるほど」と思えるはずです。