アインシュタインの特殊相対性理論によれば、光速で飛ぶものに質量を付与することは不可能なのです。

一見すると、セミディラックフェルミオンはこうした理論に反する“変わり者”に見えるかもしれません。

しかし、これは誤解です。

セミディラックフェルミオンは「複数の粒子が集まった準粒子」であり、単独の粒子が負う制約とは異なるふるまいを示すのです。

たとえるなら、一人で100メートルの距離をロープで結ぶことは絶対に不可能ですが、100人が手をつなぎ合えば、その地点とゴールを一瞬で「繋いだ」状態が作れてしまう――ちょっとズルをしているようで、実はこれが準粒子の魅力であり、粒子本来の制限を越えた現象を可能にする力を秘めているのです。

もし粒子の制御ではなく準粒子の制御を焦点に当てた技術を開発できれば、粒子ベースの技術では不可能だったことが実現できるなどの利点もあります。

もっとも、セミディラックフェルミオンの「質量が消えたり現れたりする」性質を実際に観測するのは、そう簡単ではありません。

そこで研究チームが注目したのが、ジルコニウム、シリコン、硫黄から成る半金属ZrSiSでした。

この結晶は平時は金属的な電気伝導性を示しますが、極限状態においては内部で電子があたかも“渦”を巻くような量子効果が期待されていました。

さらに、セミディラックフェルミオンはグラフェンのような2次元的構造で現れるとされていましたが、ZrSiS結晶もまた、極めて薄い2次元層を形成する特性があることが知られていたのです。

そこで研究者たちは、ZrSiS結晶を絶対零度近くまで冷却し、超高磁場をかけるという過酷な条件を用意しました。

その結果、結晶内部には量子効果が顕著に表れ、電子がさまざまな方向に流れ出すような状態が生まれたのです。

こうして結晶内部で量子効果が目覚めると、電子たちは「あたかも渦を巻く」ような複雑な流れを示し始めました。