「九死に一生を得る」の類義語

「九死に一生を得る」とはどんな意味?その類義語は?
(画像=『FUNDO』より引用)

ここからは「九死に一生を得る」の類義語を紹介します。

死中に活を求める

「死中に活を求める」は、死を待つより他にないような絶望的な状態の中にあっても生きるべき道を探し求めることを意味する言葉です。

その点が「九死に一生を得る」と通ずるのではないでしょうか。

ただ、この言葉は難局を打開するためにあえて危険な状況の中に飛び込んで行くことの意味でも使用されます。

その由来は古代中国の書物「後漢書-公孫述伝」にあります。

時代を遡ること1世紀、後漢王朝が成立したばかりの中国。
蜀という国で独自の勢力を築いていた公孫述は、後漢王朝の軍隊に攻め込まれるという危機的な状況に追い込まれてしまいます。

その際、公孫述が部下の延岑にどうすべきか尋ねたところ「男児、当に死中に生を求むべし」という答えが返ってきたとのことです。

この言葉は「男なら、死を待つような状況でも生き残る方法を探すべきである」ということを意味します。

そこで公孫述は財宝をはたいて決死隊を募り、見事奇襲に成功したのでした。

転じて、ただ死を待つしかない場面でも生きる道を探し求めることの意味で「死中に活を求める」という言葉を使用するようになったとされています。

刀下の鳥林藪に交わる

「刀下の鳥林藪に交わる」は、九死に一生を得て蘇生の思いをする例えです。

「蘇生」とは生き返ることや息を吹き返すことを意味します。
つまりはピンチを乗り越えて蘇ることを意味する言葉です。

その点が「九死に一生を得る」と似ているのではないでしょうか。

なお、言葉自体は切り殺されようとした鳥が逃れて林や藪の中で遊ぶことを意味しています。

転じて、ピンチを切り抜けて盛り返すような意味で使用されるようになったとされています。