「聞いて極楽見て地獄」は聞くのと見るのとでは大違いであることを意味することわざとなっています。
しかし、具体的にはどのような状況を意味するのでしょうか。
ここでは「聞いて極楽見て地獄」がどのような言葉なのかを解説します。
目次
・「聞いて極楽見て地獄」とは
・「聞いて極楽見て地獄」の意味
・「聞いて極楽見て地獄」の用い方・例文
・「百聞は一見に如かず」との違い
・「百聞は一見に如かず」とは
・「聞いて極楽見て地獄」と「百聞は一見に如かず」の違い
・「聞いて極楽見て地獄」の類義語
・聞いて千金見て一文
・三条室町聞いて極楽見て地獄
・まとめ
「聞いて極楽見て地獄」とは
ここでは「聞いて極楽見て地獄」の意味を解説します。
「聞いて極楽見て地獄」の意味
「聞いて極楽見て地獄」は話に聞くのと目で見るのとではまったく異なっていることを例えた言葉です。
人づてに聞いただけだと期待が膨らむこともあるでしょう。
しかし、実際に見てみると幻滅するということも珍しくありません。
それを「極楽」と「地獄」という言葉で表現したのが「聞いて極楽見て地獄」となります。
「聞いて極楽見て地獄」の用い方・例文
「聞いて極楽見て地獄」は自分の目で見たことで、それまで聞かされていたことがとんでもない間違いだったという場合に使用します。
・例文1:あの会社はアットホームな職場と聞いていたものの実際に入ってみると相当なブラック企業だった。まさに聞いて極楽見て地獄だ。
・例文2:日本一の絶景があると聞かされてやってきたが、目の前に広がっていたのはどこにでもある風景だった。これぞ聞いて極楽見て地獄である。
・例文3:田舎暮らしはのんびりスローライフが楽しめると聞いて移住を決意したが、実際に住んでみたら大変なことばかり……聞いて極楽見て地獄だった。
このように「聞いて極楽見て地獄」は聞かされていた話と全然違うような場面で使用するのが一般的です。
用意するに期待を裏切られたような場面で使用する言葉となります。
現代風に例えると「このYouTuberめちゃくちゃ面白いから動画見てみて」と聞いて期待していたものの、実際に見てみたら「あまり面白くなかった」というような状況を指します。