上記の2つの事例は、いずれも「パワハラと自殺」という問題だった。
自殺の場合、当事者が亡くなっている以上、信用できる遺書で自殺の理由が明確に綴られているなどの場合を除いて、本当の原因を確定することは困難だが、電通や宝塚歌劇団の場合のように、当該組織の側にパワハラやパワハラ的職場環境の問題が指摘されている場合は、自殺を契機に、そのような組織的な問題に焦点が当たる場合が多い。
それに対して、問題とされる組織の側が、自殺の原因が他にある可能性を示唆する、ということがよくある。宝塚歌劇団の場合が典型例であり、弁護士による調査報告書でそのような言及をしたことで遺族側の大きな反発を受けた。電通過労死問題でも、当初、電通が裏で、高橋さんの自殺が会社の責任ではなく「失恋」などの個人的な問題だという情報を流布していた疑いもあった。しかし、電通の過酷な長時間勤務の実態が明らかになり、厚労省の調査が刑事事件に発展し、社会の厳しい批判を受けたこともあり、電通側から自殺の原因に関する話などが出てくる余地はなかった。
公益通報者保護法上の「通報対象事実」兵庫県の問題では、元県民局長は、「斎藤知事のパワハラ等を匿名告発した」のであり、その自殺の問題は、斎藤知事のパワハラの被害を受けたことが原因ではなかった。しかし、上記のような電通や宝塚歌劇団など、過去に多くの問題で、「パワハラと自殺」が世の中に印象づけられていることもあり、「パワハラによって人が亡くなった」という問題のように誤解する人も少なくなかった。さらに問題を複雑にしたのは、「パワハラと自殺」の問題と関連づけられる形で、公益通報者保護法違反の問題が論じられたことだった。
3月12日に元県民局長が行った匿名の告発文書の送付は、県の通報窓口への「正式な通報」として行われたものではなく、マスコミや県議会関係者に送付されたものであった。正式な通報であれば、県の通報処理のルールでセクハラ、パワハラなども含め幅広く対象にしているが、組織の外部に対して行われたものであれば、そのような通報窓口の処理の対象とはならない。それが、「通報対象事実」に該当し、「外部通報」の要件に該当する場合に限り、公益通報者保護法による保護の対象となり、その場合は、「匿名通報の犯人捜し」「通報者の不利益処分」は違法となる。(元県民局長は、4月に兵庫県の通報窓口に正式に通報を行ったが、それは告発者として特定され、懲戒処分を受けた後のことである。)