本題に入る。海外に住む亡命ロシア人と国内に留まって反体制派活動するロシア人の間では同じ反プーチン運動でもその影響力は異なる。ナワリヌイ氏はその違いをよく知っていた。同氏は2020年8月、突然体調を崩した。毒を盛られた疑いがあったため、ベルリンのシャリティ大学病院に運ばれ、そこで治療を受けた。同氏は2021年1月17日、治療が終わると、ドイツのベルリンからモスクワ郊外の空港に帰国した。同氏にはユリア夫人と子供たちと共にドイツに亡命するチャンスがあったが、同氏はモスクワに帰国し、その直後、逮捕された。反プーチン運動を成功させるためには国内にいなければならないからだ。彼には他の選択肢がなかったのだ。

同じことがカラ=ムルザ氏にもいえる。同氏はナワリヌイ氏の死後、同胞たちを激励し、「アレクセイが言っていたように、諦めてはならない。私たちが憂鬱と絶望に屈するなら、それはクレムリンが望んでいることだ」と語り、ナワリヌイ氏の死後、ロシアの民主化運動を継続していく意向を表明した人物だ(「ロシアの『報道の自由』は消滅した」2023年4月20日参考)

カラ=ムルザ氏はCNNとのインタビューで、「わが国の軍が隣国を侵略し、戦争を行っている。ロシアは殺人者の政権だ」と厳しく批判したため、逮捕された。そして2023年4月の非公開裁判で、「ロシア軍に関する誤った情報を広め、望ましくない組織と関係を持っている」として懲役25年の有罪判決を受けた。カラ=ムルザ氏はプーチン大統領の最も厳しい批評家の1人と考えられている。彼は過去2度、2015年と17年に毒殺未遂により神経疾患の多発性神経障害を患っている。

カラ=ムルザ氏の妻、エフゲニヤさんはオーストリア国営放送とのインタビューの中で、「彼も亡くなったナワリヌイ氏と同様、モスクワに戻れば生命の危険があることを知っていたが、ロシアに帰国した」と証している。同夫人はまた、BBCの取材に対し、「私は彼の信じられないほどの誠実さを愛するとともに憎んでいる。彼は(戦争反対を訴えて)街頭に出て逮捕された人たちと一緒にいなければ心が安まなかったのだ」と述べている。