池田議員逮捕は、検察の「危険な賭け」

「裏金の帰属」という政治資金規正法の適用上の問題の克服は容易ではなく、池田議員が、裏金について、資金管理団体への収支報告書に記載すべきだったことの認識を否定する主張を続ければ、有罪立証は相当困難だ。

また、池田議員が、前記の野口氏の見解に沿って、「キックバック分は個人所得であった」と認めて所得税の修正申告を行った場合、政治資金として資金管理団体の収支報告書に記載すべきだったとの検察の主張は、根拠を失う。

そういう意味で、今回の池田議員逮捕は、検察にとって「危険な賭け」だと言える。

しかし、インボイス制度導入などによって、中小企業も含め国民の多くが会計処理の透明化を求められている状況下で発覚した自民党派閥パーティー裏金問題で、「不透明極まりない政治資金の処理」に国民の怒りが爆発し、「裏金受領議員は厳罰が当然」という世論が沸騰している状況にある。そういう状況の中、池田議員を逮捕してしまえば、そのインパクトで、政治資金規正法違反事件の解釈上の問題などは吹き飛ばしてしまえると判断したのであろう。

実際に、池田議員の逮捕は、自民党幹部にとっても相当衝撃的だったようで、党本部は逮捕を受けて即日池田議員の除名を決定した。

検察に抗おうとした池田議員は、自民党からも孤立させられ、次期衆院選への出馬・当選も絶望的な状況に追い込まれた。そのまま犯罪事実を争い続けた場合の「人質司法」による長期身柄拘束を恐れ、早晩、検察に屈服して「自白」し、無罪主張を行う気力も失ってしまう可能性が高い。そうなれば、検察にとって、事態は思い通りに展開することになる。

しかし、そのような検察のやり方は、果たして正当な権限行使と言えるだろうか。

私は、第二次安倍政権の時代、森友学園、加計学園問題、桜を見る会問題などで、安倍氏を徹底して批判し、「安倍一強体制」が日本社会にもたらした弊害を指摘し、2022年7月に安倍氏が銃撃事件で亡くなった後、安倍氏の国葬に対しても徹底して反対してきた(「単純化という病 安倍政治が日本に残したもの 」(朝日新書:2023))。もとより、私は、安倍派を政治的に支持する立場ではないし、今回の政治資金パーティー裏金問題でも、安倍派を擁護するつもりは全くない。

しかし、その安倍派が、検察の権力によって、崩壊に近い状況に追い込まれつつあることに対しては、重大な危機感を覚えざるを得ない。

検察は、本来、行政機関であるが、公訴権を独占し訴追裁量権を持つことで準司法機関として絶大な権限を持っている。裁判所は、殆どの事件で検察の判断に追従するので、検察の判断が事実上司法判断となる。

そういう検察が、法解釈の限界を無視し、検察の恣意的な解釈と運用で国会議員を逮捕・起訴し、有罪に持ち込めるということになれば、検察の捜査・処分によって実質的な「立法」が行われるということになる。それは、「三権分立」という憲法の基本原則からも重大な問題だ。

検察が、国民が強い関心を持っている「政治資金パーティー裏金問題」の事実解明を行った結果、政治資金規正法自体に重大な欠陥があり、正当な解釈によっては罰則適用が困難だということになったであれば、可能な範囲の法適用にとどめ、その理由を国民に十分に説明すべきだ。

それを受けて、法律の重大な欠陥を是正することは国会の責務だ。安倍派国会議員は、政治権力を欲しいままにしながらそのような政治資金規正法の「大穴」を放置する一方で、不透明な政治資金処理を繰り返していたことの政治責任をとって、議員辞職すべきであろう。

今回のような検察のやり方が、マスコミにも殆ど批判されることなく罷り通るとすれば、今後、国会議員は、すべて検察のご機嫌を窺いながら政治活動や選挙運動を行うほかない。国民は、そのような国会議員にも政治にも何も期待しなくなる。それは、日本の民主政治の事実上の崩壊につながりかねない。

今、検察の権限行使が日本の政治に与えている重大な影響について、深く憂慮する。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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