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昨年12月19日の安倍派、二階派の事務所の捜索に続き、27日には、パーティー券の売上キックバックの裏金4000万円を受領していたとされる池田佳隆衆議院議員、28日には、裏金5000万円を受領していた大野泰正参議院議員の事務所が捜索を受けた。
年が明け、元日には、NHKが「安倍派 複数議員側 パーティー収入約1億円 派閥側に納入せずか」と題して、かねてから「中抜き」と言われてきた、ノルマを超えるパーティー券収入を派閥所属議員側が手元にプールし派閥側に入金していなかった金額が5年間で1億円を超えると報じるなど、裏金受領議員の行為の悪質性を示すと思われる事実が新たに明らかになっている。
そうした中、1月1日の夕刻に、能登半島大地震が発生し、多数の死亡・行方不明者が出たことに加え、2日夕刻には、羽田空港で、着陸直後の日航機と海上保安庁の航空機とが衝突し海上保安庁の職員5名が死亡する事故が発生するなど、年明けから予期せぬ災害・事故の発生で、政治資金パーティー裏金問題の報道は中断していた。
1月6日になって、毎日新聞が、「安倍派2議員の立件へ パーティー収入不記載疑い 地検特捜部」と報じ、7日はフジテレビが「二階俊博元幹事長を任意で事情聴取 自民党・派閥の政治資金パーティーめぐる事件で 東京地検特捜部」と報じるなど、検察捜査の動きについての報道が再開され、7日には朝日が「安倍派・池田議員を逮捕へ 裏金4800万円、不記載か 東京地検】」と報じ、その報道のとおり、同日、特捜部は池田衆院議員を逮捕した。
私は、かねてから、ネット記事(「政治資金規正法、「ザル法」の真ん中に“大穴”が空いたままで良いのか」)、著書「歪んだ法に壊される日本 事件・事故の裏側にある「闇」」(KADOKAWA:2023年)等で、政治家個人にわたった「裏金」について、政治資金規正法での処罰は困難であること、この「大穴」を塞ぐ法改正が必要であることを訴えてきた。
今回の安倍派議員の裏金受領の問題も、まさに「大穴」によって処罰が困難な事例の典型だという私の主張・指摘はBSテレビ番組、関西ローカルのテレビ局、ラジオ、ネット番組等では多く取り上げられたが、検察捜査を直接取材し報道している在京の地上波テレビや全国紙の報道では、取り上げた社は全くなく、ようやく12月28日の朝日のインタビュー記事「裏金受領の議員立件に壁 元特捜検事が指摘する「規正法の大穴」とは」で、私の指摘が取り上げられた。しかし、その後の各社の報道でも、「大穴」のことは無視されている。
検察当局が、裏金受領議員の政治資金規正法違反による立件の方針を崩していないことから、従軍記者のような立場の司法メディアとしては、同法違反による立件の支障となる「大穴」の問題を無視せざるを得ないということであろう。
では、検察当局は、いかなる方法によって、上記の「大穴」の問題をクリアしようとしているのか、マスコミ関係者からの話から、ある程度は想定できる。今回の池田議員の逮捕も、そのような方法を使うことを前提に行われたものであろう。
しかし、それらの方法も、政治資金規正法の性格、罰則の解釈として無理があり、「大穴」の問題が乗り越えるものとは考えられない。
裏金受領議員の政治資金規正法違反による処罰がなぜ困難なのか、同法に関する基本的な理解に立ち返って解説することとしたい。
政治資金規正法の2つの性格まず、前提として、政治資金規正法には、「収支の公開」と「寄附の制限」という二つの性格がある。政治資金パーティー券をめぐる裏金問題は、基本的に「収支の公開」の問題であることを、まず前提として理解しておく必要がある。
「政治資金の収支の公開」というのは、政党・政党支部・政治団体について、会計責任者を選任して届出を行わせ、それらの団体の収入金額と支出金額を正確に記載した「政治資金収支報告書」を毎年提出させ、公開するという制度である。ここでの「収入」というのは、その団体に「寄附」などとして実際に入ってきた金額である。この収支報告書に記載すべき事項を記載しなかったり、虚偽の記入をしたりする行為に対して、政治資金規正法の罰則が設けられている。
一方、「寄附の制限」というのは、国の補助金や出資を受けている会社による寄附の禁止(22条の3第1項)、3事業年度以上にわたり継続して欠損を生じている会社による寄附の禁止(22条の4)など、寄附自体を禁止するもので、禁止された寄附を行うこと自体が違法行為ないし犯罪となる。
「裏金」というのは、「収支の公開」の問題であり、その授受自体が違法行為ないし犯罪なのではない。「政治資金の収支の公開」の要請に反するから問題なのであるが、この点について、世の中には、「裏金」を受領したこと自体が犯罪であるかのように認識されており、大きな誤解がある。
収支報告書の記載は、個別の政党・政治団体ごとの問題収支報告書というのは、個別の政党、政党支部、政治団体ごとに会計責任者が提出するものである。国会議員の場合、政治団体である「資金管理団体」のほかに、自身が代表を務める「政党支部」があり、そのほかにも複数の国会議員関係団体があるのが一般的だ。つまり、一人の国会議員にとって財布が複数ある。
政治資金規正法で、政治資金の収支の公開の問題として罰則の適用の対象になるのは、どこかの特定の政治団体や政党支部に「収入」があったのにそれを記載しなかったとか、それに関連して虚偽の記入をしたことであり、「どの団体の収入なのか」が特定されていないと、どの団体の収支報告書の記載の問題かが判然とせず、政治資金収支報告の不記載・虚偽記入の犯罪事実が特定できない。
ところが、議員個人が「裏金」として政治資金を受け取った場合、それは、その議員に関係する政治団体・政党支部のどこの収支報告書にも記載しない、という前提で領収書も渡さずやり取りする。
ノルマを超えたパーティー券収入の還流は銀行口座ではなく現金でやり取りされ、収支報告書に記載しないよう派閥側から指示されていたとされている。その議員は、どの政治団体の収支報告書にも記載しない前提で「裏金」として受け取り、そのまま、どの収支報告書にも記載しなかった、ということである。だとすると、どの収支報告書に記載すべきだったのかが特定できない以上、(特定の政治団体等の収支報告書の記載についての)虚偽記入罪は成立せず、不可罰ということになる。
以上が、「裏金」は、政治資金規正法の目的に著しく反するにもかかわらず、裏金を受領した政治家の処罰は困難だという「政治資金規正法の真ん中の大穴」の問題である。
裏金は「個人所得」ではないのかもう一つの重要な問題は、今回のように、政治家が、「政治資金収支報告書に記載しない前提」で裏金を受領した場合、それは個人所得として課税の対象になるのではないか、ということだ。
経済評論家の野口悠紀雄氏は、
「パーティー券収入そのものが非課税であっても、使途を限定していないキックバックは課税所得であるはずだから、それを申告していなければ脱税になるはずだ。」
と主張し続けてきた(「パーティー券問題はなぜ脱税問題でないのか? 国民の税負担意識が弱いから、おかしな制度がまかり通るのだ」など)。
野口氏は、
「派閥からは、キックバックは政治資金収支報告書に記載しなくてもよいとの指示があったと報道されている。ということは、政治資金として使う必要はなく、どんな目的に使ってもよいという意味だろう。だから、この資金が課税所得であることは、疑いの余地がなく明らかだ。」
「もし最初から全額を政治活動に用いるのであれば、キックバック収入は堂々と収支報告書に載せて公開するだろう。そうしなかったのは、それによって、政治活動以外の用途に使える資金源が増えると考えたからではないのか? つまり、脱税の意図があったと推定されるのではないだろうか?」
という。全くその通りであり、否定することは困難だ。
そうなると、収支報告書に記載しない前提で受領した「裏金」は、どこの団体に帰属させるかを問題にするまでもなく、原則として個人所得ということになる。
逆に言えば、裏金を受領した議員側が行うべきことは、政治資金の処理ではなく、所得税の修正申告をして所得税を納めることだということになる。この場合、個人所得となる「裏金」の金額如何では、国税の告発によって脱税の刑事事件になることもあり得るが、今回の政治資金パーティーのキックバックの裏金程度では、告発基準は充たさない可能性が高い。
それは、逆に言えば、キックバックされた「裏金」全額が個人的用途に費消され、その分の所得税を申告せずに免れていたとしても、それだけで刑事事件として処罰されるレベルではない、ということである。