第二次世界大戦後から2010年まで、核兵器保有国対非核兵器国の戦争は17件起きています(表1参照)。他方、非核国同士の戦争は19件です。前者と後者の二国間関係は、驚くことに大差ないのです。さらに意外なのは、通常戦力でより劣る非核兵器国の方が、強い通常戦力を持つ国家より、核兵器保有国と戦争しているのです。すなわち、パワーが強い国家より弱い国家の方が、核武装国に軍事力を実際に行使して立ち向かう傾向にあるのです。
その主な理由は、エイヴェイ氏によれば、核武装国がパワーで劣る国家の抵抗には、絶対兵器である核兵器を使わずに対処できるからだということです。ここに非核兵器国が核武装国に対抗できる余地が生まれます。
核兵器はその甚大な破壊力ゆえに、相手国に耐え難い打撃を与えられるメリットがあります。その一方で、核兵器の使用には多くのデメリットがあるのです。敵対する国家に核爆弾を撃ち込めば、必然的に民間人やインフラなどに付随的被害をもたらすでしょう。相手国が生物・化学兵器を保有しており、それらにより反撃されたら大きな損害を受けます。
核兵器を使用した国家は、潜在的な同盟国から見放されるかもしれません。経済制裁も覚悟しなければならないでしょう。自国の核兵器の行使が隣国を刺激して、核武装に向かわせることもあり得ます。そうなると、自らの安全保障は、かえって損なわれるかもしれません。さらに、「核使用のタブー」が存在すると言われる国際社会において、非核武装国に核攻撃を行えば、世界各国から厳しく批判されることは確実であり、国家の評判を間違いなく大幅に落とすでしょう。
このように核兵器の使用は大きなコストを伴うのです。したがって、核武装国は、核兵器の行使がもたらすコストが利得を上回る限り、それに手を出さないということです。
核兵器の独占と戦争過去に行われた核兵器保有国と非核兵器国の戦争を見てみましょう。
代表的な戦争を挙げれば、朝鮮戦争(1950年)、ソ連のハンガリー侵攻(1956年)、ヴェトナム戦争(1965年)、十月戦争(1973年)、第一次中越戦争(1979年)、湾岸戦争(1991年)、イラク戦争(2003年)といった事例があります。
これらのすべての事例において、核兵器保有国は核兵器を使うほど深刻な脅威を相手国から受けませんでした。要するに、核武装国は、わざわざ絶対兵器を戦場に投入する必要がなかったのです。
上記の事例では、非核武装国は核兵器保有国の生存や核兵器庫を脅かすほどの軍事力を持っておらず、多くの戦争は後者の領土外で行われました。アメリカは朝鮮半島で中国人民義勇軍に苦戦を強いられましたが、本国の独立や主権に危険は全く及んでいません。
ヴェトナムに軍事介入したアメリカは、北ヴェトナム軍やヴェトコンの激しい抵抗を受けて撤退しましたが、米国本土は無傷でした。ヴェトナムを懲罰する名目で軍事行動を起こした中国は、ヴェトナムから厳しい反撃を受けましたが、その存立は全く脅かされていません。
十月戦争でエジプトとシリアの奇襲を受けたイスラエルは、緒戦で大きな損害を受けましたが、核兵器に頼ることなく、強力な国防軍で劣勢を跳ね返して、逆に両国の軍隊を追い詰めました。その他のすべての事例も、核武装国には大きな被害が及ばない戦争でした。
興味深いのは、一方が核兵器保有国で他方が非核の軍事大国の場合です。このようなケースでは、強い非核兵器国は核武装国の死活的な国益や安全保障を脅かせるので、双方に自制が働く結果、戦争になりにくいのです。1948年のベルリン危機時のアメリカとソ連がそうでした。
当時、核兵器を保有していなかったソ連は、アメリカをドイツから排除しようとして、西ベルリンを封鎖しました。これにアメリカは大規模な空輸作戦で応じました。この時、クレムリンは、この危機がエスカレートして戦争になれば、アメリカは核兵器を使うだろうと判断していました。実際、アメリカの高官はソ連の都市を核兵器で攻撃する意図を語っていました。
こうしたソ連指導者の懸念は、アメリカによる空輸を妨害しない抑制的態度につながったのです。他方、ワシントンもベルリンをめぐって第三次世界大戦を起こすつもりはありませんでした。その結果、ベルリン危機は米ソの軍事衝突には発展しませんでした(同書、第5章)。
核保有国と非核保有国の戦争では、前者は後者に苦戦を強いられることがありますが、それが核兵器による反撃の引き金になるほどの打撃を受けていません。ヴェトナム戦争では、アメリカは約6万人もの戦死者をだしましたが、北ヴェトナムはその十倍以上の犠牲を払っています。第一次中越戦争では、中国人民解放軍の1万3千人の兵士が戦死しましたが、戦闘は中ソ国境付近で局地化されており、中国の存立は脅かされていません。
これらの核兵器保有国が甚大な損害をだした事例でも、その軍隊が崩壊の危機に直面したり、体制や領土保全が危うくなったりはしませんでした。ですので、これらの核武装国が核兵器に頼って戦局を挽回しようとするインセンティヴは低かったのです。
核時代におけるパワーの逆説と戦略このように強国よりも弱国の方が核保有国に歯向かえるというのは、核時代における国際政治のパラドックスです。核兵器を保有していないパワーで劣る国家は、相手国が核兵器を使用するレッド・ラインを見極めながら、それを超えない範囲で核武装国に立ち向かい、自己の生存と国益の最大化を試みるのです。同時に、核大国は弱い非核兵器国との対決において、コストの見込まれる核使用に、あえて踏み込もうとはしません。そうしなくても、自国の生存や体制は維持できるからです。
他方、強いパワーを持つ非核兵器国は、核武装国の安全保障や重要な国益を脅かすことができます。そして核大国は非核国との戦争で大敗北を喫しそうになった場合、敗戦を避けるために核兵器を使おうとするかもしれません。これがわずかな可能性であっても、非核兵器国の指導者には恐怖です。