2023年は、ジャニーズ事務所(現在では、社名を「SMILE-UP.」と変更)と宝塚歌劇団という、芸能関係の組織で「不祥事」が表面化し、大きな社会問題となった。
ジャニーズ事務所は、創業者で前社長のジャニー喜多川氏による未成年者に対する性加害問題、宝塚歌劇団は、劇団員が死亡し、その原因が、過酷な長時間労働、いじめ・ハラスメントによる自殺だと遺族側が訴えた問題だった。
それぞれ「不祥事対応」を行う立場となったが、ジャニーズ事務所の問題では西村あさひ法律事務所、宝塚の問題では大江橋法律事務所という、それぞれ東京・大阪では最大手の法律事務所の弁護士が、弁護士名・事務所名を明らかにして関与したものの、いずれも、その対応自体に関して新たな批判を受けた。「不祥事対応の失敗」と言わざるを得ない。
二つの事例は、このところ、多くの「企業不祥事」において、弁護士業界にとって大きなビジネスとなっている「不祥事対応」関連業務の在り方を考える上で重要な先例だと言える。各事案における弁護士の対応や公表された調査報告書等について問題点を指摘し、その背景についても考えてみることとしたい。
ジャニーズ事務所・宝塚の問題は「巨大不祥事」化が必至だったジャニーズ事務所は、国内で最大手の「芸能プロダクション」会社である。創業者で前経営者であるジャニー喜多川氏が数十年にわたって多数の未成年者に性加害を行っていたというものであり、過去に例がない程の重大な性犯罪であるが、加害者本人は、生前には批判非難もされないまま既に死亡している。
しかも、性加害の事実について暴露本が出版され、民事判決でも認定されるなどしていたのに、ジャニーズ事務所とメディアやスポンサー企業との関係などから性加害問題が報じられることはなく、死亡時にも、稀代の名芸能プロデューサーとして称賛されていた。
英国BBCで報道され、国連の人権理事会の調査の対象とされるなど、言わば「外圧」によって重大な問題と認識され、その社会的非難はジャニーズ事務所という企業に集中し、「巨大不祥事化」しつつあった。
その結果、「ジャニーズ事務所」という当事者企業の存続自体が許されなくなる可能性も考えられた。その場合、不祥事対応の依頼者と受託者の関係という面で、あり得ない事態となる。
一方、宝塚歌劇団は、関西でも有数の企業グループである阪急阪神ホールディングス(その子会社の阪急電鉄)の事業部門の一つである。劇団員の育成、公演の催行等の業務は「歌劇団」内部で完結し、外部の組織との関係が希薄であるが、一方で、その「歌劇団」の組織は、独立性がない大企業の一部門に過ぎず、法人格もない。
長時間労働、パワハラによる自殺という問題自体は、過去にも多く発生している。遺族側が問題にすることがなければ、社会問題化することは殆どない。しかし、人の命が失われた問題であるだけに、遺族側の対応如何では大きな問題ともなり得る。特に当該組織の社会的認知度が高い場合には、注目度が一気に高まる場合もある。
過去の例でいえば、「高橋まつりさん過労死問題」が電通の違法残業問題として大きな注目を集め、労働基準法違反の刑事事件に発展し、厳しい社会的批判を受けた事例が、その典型である。
宝塚の問題も、遺族側がいじめ・ハラスメントが自殺の原因だとして真相解明を強く求めており、しかも、遺族側の代理人弁護士は、過重労働・ハラスメント問題の専門家で、電通の問題でも徹底追及を行った川人博弁護士である。しかも、当事者の宝塚歌劇団は、多くの熱狂的なファンを擁する超人気ブランドであるだけに、社会的注目度は極めて高い。この問題も、「巨大不祥事化」する可能性が高い事案だったと言える。
しかも、いずれの不祥事も、背景に複雑・困難な構造的な問題があり、世の中の納得が得られるだけの事実解明や原因究明は、もともと容易ではなかった。
大手事務所弁護士が「不祥事対応」に関与することの根本的な問題上記の要因からすると、二つの「不祥事」は、弁護士としての関与自体に相当大きなリスクがあり、事務所名や弁護士名を公表して関与することには相当慎重になるべき事案であったが、東京・大阪の有数の大手法律事務所所属弁護士が、事務所名および弁護士名を公表する形で不祥事対応に関与した。
一方、宝塚の問題については、不祥事の当事者すらはっきりしないという特殊性があった。本来、法人格すらない「宝塚歌劇団」は、調査を依頼する契約主体にはなり得ないはずだ。しかし、調査報告書の公表のリリースなどは「歌劇団」「当団」などの名前で行われており、あたかも歌劇団が依頼の主体であるかのように見える。
法律事務所にとっては、依頼者が不明確なまま調査を受託することはあり得ないが、調査報告書にも、通常記載されている「調査受託の経緯」が記載されていない。そういう意味で、外部弁護士の調査受案件として特異性を有する事案だったと言える。
二つの「巨大不祥事」の「危機対応」への弁護士関与の経緯と態様企業不祥事への弁護士の関与は、不祥事企業から独立した「第三者としての対応」と、不祥事企業に寄り添う、「危機対応(危機管理)」業務の二つに大別される。
「第三者としての対応」は、第三者委員会など、企業から独立した客観的な立場で事実調査を行い、原因究明・再発防止策の策定などを行う。「危機対応」は、企業の不祥事対応について当事者に助言・指導を行い、側面からサポートする業務で、「危機管理業務」などと言われる。
前者であれば、企業から独立した立場で調査を実施し、成果物としての第三者委員会報告書を当該企業に提出する。その内容について説明責任も含めてすべて受託者側が負う。事案の重大性にもよるが、報告書の公表の時点では、委員会側が記者会見等を行って質問に答えるのが一般的である。
一方、「危機対応業務」の場合は、あくまで対応の主体は当該企業であり、弁護士は助言・指導を行う立場であり、通常は表に出ることなく、「裏方」「黒子」に徹する。
ジャニーズ事務所の問題では、最初に登場した弁護士は、林真琴弁護士(元検事総長)だった。
2023年5月26日、第三者委員会的な位置づけの「再発防止特別チーム」の設置が公表され、林弁護士は、その座長として記者会見に臨んだ。そして、8月29日、林弁護士は、調査報告書公表の記者会見に臨み、報告書の内容を説明し、当時の藤島ジュリー景子社長に辞任を求めるなどした。林弁護士のジャニーズ事務所問題への関わりはそこで終わり、その後に登場したのが、西村あさひ法律事務所の危機管理チームを率いる木目田裕弁護士だった。
危機管理業務を担う「顧問弁護士」の立場であれば、通常は、表に出ずに企業側に助言・指導を行うが、木目田弁護士は、積極的に表に出て対応した。
9月7日の記者会見では、藤島ジュリー社長と、東山紀之氏、井ノ原快彦氏とともに記者会見に登壇、ジャニーズ事務所の社名を維持し、その新社長に東山氏が就任し、藤島ジュリー氏は、社長は辞任するが、代表取締役には留任することなどを発表した。
10月2日の2回目の記者会見にも、社長に就任した東山氏と副社長に就任した井ノ原氏とともに登壇、ジャニーズ事務所の社名を「株式会社SMILE-UP.」と変更し、被害者への賠償を終えたら廃業すること、従前の業務を引き継ぐ新会社を設立することなどを発表した。
しかし、会見時間を2時間に制限したこと、1社1問、再質問なしという制限を設けたことなどが、参加者側からの反発を招いて記者会見が紛糾。会見後に、指名から除外する記者を意味すると思われる「NG記者リスト」を作成・配布していたことが発覚し、大問題となった。
一方、宝塚の問題については、9月30日に劇団員が死亡した後、10月7日に、団員の死亡について事実関係や原因を把握するため、外部の弁護士による調査チームを設置することが発表された。
11月14日、劇団の理事長らが記者会見を開き、大江橋法律事務所の9名の弁護士チームによる調査報告書を公表し、併せて理事長辞任も発表した。しかし、その調査報告書では、長時間労働は認めたものの、遺族側が強く訴えていた「いじめ・ハラスメント」の事実は「確認できなかった」との調査結果が示された。それに対して、遺族側代理人が猛反発し、ただちに記者会見を開いて調査報告書を批判し、調査のやり直しを求めた。
調査報告書からすると、調査の性格、調査手法、その事実認定のレベルとしては、「内部調査」に近いもののように思えるが、敢えて事務所名、弁護士名が公表され、しかも、宝塚側が「外部の独立した弁護士による調査チーム」などと、その調査の独立性・外部性を強調した。そうであれば、調査結果等について当該弁護士が記者会見に同席して説明するのが当然だが、調査担当弁護士はなぜか記者会見には全く姿を見せず、宝塚側が説明を行った。
調査報告書については、いじめ・ハラスメントを認定しなかったとの調査結果に加えて、劇団員のうち4名がヒアリング調査に応じることを「辞退」したことを劇団側が明らかにしたのに、調査報告書ではそのことに言及がないことなどが批判された。
さらに、歌劇団が調査を依頼した大江橋法律事務所に、歌劇団を運営する阪急電鉄の親会社である阪急阪神ホールディングスの関連会社の役員が所属していることが明らかになり、調査担当弁護士の「独立性」についても問題が指摘された。
弁護士名・事務所名を公表して「巨大不祥事」に関与した理由ジャニーズ事務所問題も宝塚問題も「巨大不祥事化」の可能性が高く、不祥事対応に関与することによる弁護士や事務所のリスクも大きいと判断すべき案件であった。
しかし、木目田弁護士は、本来は表に出ないのが通常である危機管理業務で、記者会見にまで同席した。逆に、大江橋法律事務所の調査チームは、弁護士名も公表され、宝塚側が「外部の独立した弁護士による調査チーム」と強調しているのであるから会見に出席して説明し質問に答えるのが当然のはずなのに、公の説明の場には全く姿を見せなかった。
両者で、このような「真逆の対応」になったのは、なぜなのか。
ジャニーズ事務所の10月2日の会見の直後に発売された中央公論2023年11月号に「不祥事対応のエキスパート弁護士が語る危機管理の要諦」と題する記事が掲載されているが、巻頭の「ニュースの1枚」のページがある。
そこには、9月7日の記者会見で、藤島ジュリー氏、東山氏、井ノ原氏と並んで、木目田弁護士が会見に同席している写真が掲載され、その説明文に「記者会見に同席した木目田裕氏のインタビューは40頁から」と書かれ、「危機管理の要諦」について語った記事が紹介されている。
木目田弁護士の会見への同席は、まさに、ジャニーズ事務所問題に「不祥事対応のエキスパート弁護士」として関わっていることをアピールするものと言える。
また、同記者会見の後、「NG記者リスト問題」が表面化し、厳しい社会的批判を浴びたが、そのリストを作成・配布したコンサルティング会社FTIの日本法人は、木目田弁護士がジャニーズ事務所に紹介したことが、同事務所のリリースで公表されている。
FTIの代表の野尻明裕氏と木目田弁護士は東京大学法学部の同級生で、2017年に、「弁護士、コンサルが明かす謝罪ビジネス最前線」と題する日経ビジネス記事において、西村あさひ法律事務所の危機管理チームを率いる木目田弁護士と、ボックスインターナショナル社の野尻氏が登場し、「危機感を募らせる経営者らが頼るのが、専門の知識とノウハウを持った大手弁護士事務所や危機管理のコンサルティングなどを担う総合PR会社だ」などと紹介されている。
中央公論の記事の発売時期・内容からすると、ジャニーズ事務所からの受託は、「危機管理のエキスパート」としての仕事をアピールしようとする意図があったように思える。
一方、宝塚の問題で、大江橋法律事務所が関与したのは、むしろ、事務所側の意向だったのではないかと思える。
前述したように、この問題も、「巨大不祥事」に発展するリスクが高い案件である。担当弁護士・事務所名の公表を前提に調査を依頼された場合、しがらみが何もなければ、受託を躊躇するはずだ。
もともと、関西で有数の企業グループである阪急阪神ホールディングスと、関西で最大手の法律事務所の大江橋法律事務所である。両者の間に何らかの関係があったとしても不思議ではない。それが高リスク案件を敢えて受託することにつながったのではないだろうか。
10月2日ジャニーズ事務所記者会見の問題点木目田弁護士が自ら前面に出てサポートしたジャニーズ事務所の危機対応全体の問題点については、拙稿「ジャニーズ事務所・会見、“危機対応”において「不祥事」が発生した原因とは」でも指摘した。
木目田弁護士は、社長らが行う2回の記者会見に自ら同席し、同社の危機対応をサポートする立場であることを自ら積極的に社会に表示したこと、記者の質問に答えて説明するなどしたことにより、同会見で会社側が発表した方針や記者会見対応に法的・コンプライアンス的に問題がないとのお墨付きを与えることにもなった。
そこでの木目田弁護士の発言には、いくつかの問題があった。
第1は、問題になった「NG記者リスト」でNGとされていた記者で唯一司会者に指名された佐藤章氏からの質問への対応だった。
「ジャニー喜多川氏の性加害について東山氏がどのような認識で、どのような対応をしたのか」という、会見までの経緯からすれば「当然予想された質問」が行われたが、それに関連して、
東山さんは責任ある立場にありながらジャニー喜多川さんの犯罪について防止対策を全然取らなかったということについて、新社長として認識、お考えをお聞きしたい。児童福祉法の観点からは共犯か幇助犯に当たるという解釈もある。
と質問したのに対して、東山氏が答えた後に、木目田弁護士が回答を引き取り、
仮に気づいていたと仮定したとしても、単に止めなかったっていうだけで共犯にはならない。
と言い切った。