俳優、モデル、歌手、アイドル、芸人......。「芸能活動」と呼ばれる仕事のジャンルは幅広いですが、いずれも成功するのは簡単なことではありません。

そんななか、地域に根差した活動を続け絶対的な地位を確立したアイドル兼シンガーソングライターが、宮城県石巻市にいます。宮城県が生産量日本一を誇る特産品「ほや」のアイドル、「ほやドル」を名乗る萌江さんです。

芸能界を志した10代の頃は上京を考えたという萌江さん。しかし、最終的に地元に残ることを決断し、2017年から「ほやドル」としての活動を始めました。

今やテレビやラジオ、イベントに引っ張りだこの萌江さんは、「東京も地方も関係なく、続けないと結果は出ない。続けるためには『好き』という気持ちが一番」と話します。

「ほやドル」になった経緯や地方での芸能活動の苦労、醍醐味など、インタビューで詳しくお話を聞きました。

東日本大震災を機に知った、大好きなほやの”ピンチ”

ーーーほやのアイドル「ほやドル」として、どんな活動をされているのでしょうか?

萌江:ほやをPRするアイドルを名乗って活動しています。ほやの歌を歌ってライブでパフォーマンスをしたり、テレビやラジオに出演してレポーターなどを務めたりするのが主な活動です。

ーーー「ほやドル」になった経緯を教えてください。

萌江:ほやの養殖が盛んな宮城県石巻市の牡鹿半島谷川浜出身で、幼少期からほやがすごく好きでした。母によると、幼稚園生の頃から蒸しほやを食べていたそうです。

ですが、仙台市の大学に進学して石巻以外の人と出会うようになってから、ほやを知らない人や食べたことのない人が多いということを実感し、衝撃を受けました。それで「ほやを広めたい」という思いでほやの歌を作ったのが始まりです。

また、東日本大震災で谷川浜も壊滅的な被害を受け、ほやの漁港はすべて流されてしまいました。漁師さんたちが立ち上がって漁を再開したのですが、震災前の主要な輸出先だった韓国が輸入を禁止し、国内では今ほどほやの消費量が多くない状況でした。