ただ、例外的な場合があります。

政見放送は「政治上の演説又は陳述」だが首長への出馬表明会見は…

【著作権法逐条講義 7訂新版/著作権情報センタ-/加戸守行】には、著作権法40条の「政治上の演説又は陳述」について、「公職選挙法150条1項による政見放送も本条に含めてよい。」とあります。

つまり、「政治上の演説又は陳述を収めた映像」も同様に扱うケースがあることになります。確かに、政見放送は様々なアカウントが動画投稿サイトに掲載しているのが見つかります。

では、石丸市長のケースでは、これを敷衍できるのでしょうか?

しかし、法に定めのある衆参議院議員選挙の選挙区選挙に関して公共放送を通して放送されたものと、法の定めもなく地方行政の首長を選出する選挙の出馬表明会見を個人が動画をUPしただけのものとでは形式上も開きがあります。

実質的にも、政見放送は候補者の政党と氏名のテロップやネームプレートとナレーションがある以外は常にカメラ1台の画角が固定されて候補者のみが映され、候補者の主張のみが聞き取れるものであるという特徴があります。

たとえば国会審議中継に関しては前掲資料では「複数のカメラで撮影が行われ、発言者等へのカメラの切り替えやフォーカスのほか、中継映像への委員会名や発言者名等のテロップの挿入等が行われている。」とあります。

他方、石丸市長がUPした動画はテロップや複数カメラはなく、石丸市長と質疑を行う記者へのズームくらいしか動画の内容自体には「工夫」した点はありません。カメラを置く位置による画角やカメラの性能による画質・音質の差はあるでしょうけれども。

著作権の主張に「知る権利」の観点から権利濫用の法理を適用可能?

「著作権の権利濫用」を認めた裁判例はある事にはありますが、事案が違い過ぎる上に著作権を主張した側の態度が悪質なケースばかりなので参考になりません。

「国民の知る権利」との関係で著作権に基づく差止請求が権利濫用であると主張された事件として東京高等裁判所判決 昭和57年4月22日 昭和52(ネ)827 があります。

これは、国家機関である在外財産調査会の職員が職務上共同して作成した日本人の海外活動に関する歴史的調査報告書について、無断で復刻版を発行した者に対して出版差止請求が為された事案です。

しかし、結果としては権利濫用の主張は認められませんでした。

 たしかに、著作権の行使と著作物利用との調査の問題は、著作権法の直面する課題の一つであり、著作権法の立法作業において種々検討されてきた事柄ではあるが、本件の如く、著作権の目的である著作物を無断で出版販売し、もしくは、そのおそれのある者に対して、その差止を請求しうることは、著作権の中核的権能であるから、著作権法上著作権が認められているのに、このような場合の差止請求権の行使を許さないとするには、十分慎重でなければならない。

けだし、権利の濫用として無断出版の差止請求が許されないとすることは、実質的には著作権自体を否定するに等しく、ひいては、法解釈の限界いかんにも関わるからである。

ところで、本件著作物が、社会的、文化的、学術的価値の高いものであることは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一五号証、同第一九号証によれば、文化的学術的資料として本件著作物を出版するについての要望があることが窺われるが、成立に争いのない甲第一四号証の一、二、証人C及び同Dに各証言並びに弁論の全趣旨によれば、本件著作物は、国会図書館支部大蔵省文庫及び東京大学図書館(総合図書館に三五冊、経済学部図書室に六冊)に全冊が揃つており、早稲田大学図書館にも二六冊が備えられていて、本件著作物を学術的資料として利用しようとする者には、これを閲覧利用することができるうえ、利用に若干の不便があるとしても、本件著作物は、すでに公表されたものであること、本件著作物については、昭和四六年一月頃、他の出版社においても、本件著作物の復刻刊行を企画し、大蔵省資料統計管理官に復刻出版についての許可申請をしており、これに対し検討中であつたし、被控訴人として、控訴人の無断出版を黙認することは、出版許可申請中の他の出版社との関係において公平を欠き、公正を疑われる事情にあつたことが認められ、原審における控訴人代表者尋問の結果のうち右認定に反する部分は措信できない。

前叙の如き本件著作物の性質及びその内容並びに右認定の事実のほか、原判決認定の各事実に基づいて判断すると、控訴人が主張する「国民の知る権利」や著作物の公共性などを勘案しても、本件差止請求権の行使が、国民の知る権利を侵害することによつて、権利の濫用に当たるものと認めることはできない。

~省略~

そもそも、著作権者たる被控訴人としては、本件著作物の性質、内容に鑑み、本件著作物を刊行することによる社会的影響を慎重に検討したうえで、刊行すべき時期、発行所などを決定しうるものであり、本件差止請求は、正当な権利の行使といわざるをえない。

控訴人の権利の濫用の抗弁について、これを理由なしとした原判決の判断は正当 である。