残された謎と様々な憶測

 警察と軍関係者は直ちに墜落現場に駆けつけた。ゴンドラのドアは開いたままで、墜落の衝撃も軽微だったため、乗組員は無事だったはずだが、コディ中尉とアダムズ少尉の姿はどこにも見当たらなかった。空、陸、海からの捜索でも2人の行方は分からず、捜索は8月18日に打ち切られた。

 当局は当初、2人が海上でL-8から脱出したと推測したが、パラシュート3つとゴム製の救命いかだはゴンドラに残されていた。さらに、飛行船の無線とエンジンは作動しており、遭難信号も発信されていなかった。これは、乗組員の失踪が突然の出来事であったことを示唆している。海軍の調査委員会は、L-8が撃墜、焼失、または海に接触した形跡はなく、コディ中尉とアダムズ少尉に不祥事の証拠もないと結論づけた。2人は1943年に死亡宣告された。

 公式には、油膜の位置に煙幕マーカーを投下するため、1人の乗組員がゴンドラの後部ハッチを開けた際に誤って落下、もう1人の乗組員が救助を試みた際に2人とも海に転落したという説が採用された。急激な重量減少により、無人となった飛行船は急上昇したと考えられている。しかし、公式見解以外に、2人の失踪とL-8の謎めいた飛行を説明しようと様々な憶測が飛び交った。日本軍に捕獲された、亡命した、脱走計画が失敗した、果ては宇宙人に誘拐されたといった説まで登場した。真相は藪の中である。