- 貿易構造の変化とサービス収支の赤字
製造業の海外移転は、海外直接投資の工場建設以外での円売りドル買いのワンショット(1回限り)の影響にとどまらない。
かつて日本の主要な輸出品であった自動車や電機製品などの製造業が海外に生産拠点を移転したことで、輸出による外貨獲得が減少する。これは継続的に続く。
工場を建設したら、何十年も動き続ける。
日本に工場があり輸出する場合、海外にいる商品の買い手はドルを売って円を調達し、円で日本の企業に代金を支払う。つまり円高に作用する。
海外直接投資が増えると、日本国内に工場を建設し輸出していたら入ってきていたお金が入ってこない状態が継続的に続く。
またエネルギー資源や食料の輸入依存も、円安に作用する。
日本はエネルギー資源や食料を輸入に頼っており、原油価格や穀物価格の高騰が貿易赤字の拡大につながっている。
特に円安が激しくなった2023年以降の流れには、ウクライナ戦争の影響は否定できない。
ウクライナは穀物の大きな輸出国で、大きく世界的な穀物価格に影響した。2022年の戦争開始により、2020年頃の穀物価格と比べると価格は2倍に跳ね上がった。
石油価格も、長らく1バレル50〜60ドルだったものが、ウクライナ戦争開始時には120ドルまで跳ね上がり、現在も80ドル程度で推移している。
天然ガスは価格は2〜3倍程度まで上がり、現在はもとに戻っている。
日本は東日本大震災により2011年原子力発電所を停止した。その後一部は再開しているが、化石燃料による発電は全電源の70%に達しており、それらの燃料は全て輸入であり、国産燃料はほぼない。
さて、燃料を買うときも、日本は持っている円をドルやユーロ、海外現地通貨に変えて支払う必要があるわけで、円を売って外国通貨を買う。つまり円安に作用するわけである。
燃料価格が上がることは、日本から富が出ていくと同時に、円安になるわけである。
原発再稼働をしたいという意見が最近出ているのは、このままでは日本から大量のお金が燃料代として流出していくとともに、円安に強く作用してしまうのをなんとか阻止したいと考えている人たちの意見である。
現在の日本において「円安をなんとかしろ!」という意見と「原発反対!」という意見は本来は相容れないはずであるが、この円安への作用を理解していない人も多くいる。
ちなみにソーラーパネルもかつては日本製が強かったが、現在はほぼ中国製であり、ソーラーパネルを建設すればするほど中国にお金を払うことになる。
ちなみに原子力発電所や火力発電所、水力発電所の建設自体は、自国で行うことが出来るのでそれ自体は大きく円安に影響はしない。
では、工場を日本国内に戻せば、原発を動かせば直ちに円高になるかというと、そうはならない。
日本に工場を戻しても、輸出をするためには競争力が必要になる。
競争力というのは、単純ではない。他社より安く作れること、他社より高くてもどうしてもその製品がほしいと思わせること、様々な要素がある。
例えば日本にユニクロの工場は現在ない。
では、日本で作れるかというと、バングラデシュとかインドネシアの人的コストの安さに勝つことはできず、日本で作ることは難しい。つまり日本で”作らない”のではなく”作れない”のである。
一方で日本で最先端の半導体やスマホが作れるかというと現状は技術力がなさすぎて作ることはできない。これも同様に”作れない”である。
将来日本人の賃金がバングラデシュとかインドネシア以下になったときにはユニクロを作れるかもしれないが、それは本末転倒であり、それなりのお金がほしければ完全に服を自動化して作れるロボットを作るしかない。それが技術力であり競争力である。
日本から輸出できるものが減ったのは、単純に技術力の相対的低下が原因である。
かつて世界最強を誇った日本の家電や半導体は、無能な経営者たち、新しい技術を学ばずついていけなかった労働者たち、IT技術を無視した人たち、様々な要因によって落ちぶれていった。
家電や半導体が没落した結果、現在最後の砦となっているのが自動車産業である。その自動車産業も、EV化の流れで苦しい展開になるのではないかと心配されている。
さらに深刻なのは、本来は日本人の賃金が減っていった場合は、日本に工場を作ったほうが安く作れるという基本的な考え方が、少子高齢化による労働者不足で成り立たなくなっていることである。
日本は空前の人手不足であるが、これは圧倒的好景気だからではなく、労働者人口が減っているからである。
少子高齢化による”男性の労働者人口の減少”は以前から深刻な度合いで続いていたが、それを日本政府は女性の社会進出後押しや引退後の再雇用によって、”無理やり”ブーストする形でカバーしていた。
女性の就業率が上がったのは、男性労働者が足りないから政府が必死に増やそうとした結果であり、そのために様々な育児支援や女性の働く環境の整備をやってきたのである。
しかし女性の労働参加率は今や米国の率を上回るレベルにまで達していて、これ以上女性の参加率を高めるにも限界が近い。
そこで最近は高齢者にもう少し現役でいてもらおうと高齢者雇用に関する法を整備して定年を伸ばしたり、高齢者雇用を促進させたりしているが、これも限界は近い。
サービス収支の赤字も深刻である。
モノの貿易だけでなく、サービス貿易においても赤字が拡大しているのは、ここ数年一気に顕在化してきた。
サービス貿易というのは、物理的なモノではないが何らかのサービスを国際的に行いお金を払うことである。わかりやすく言えばデジタルサービスのことである。
これは、Google、Amazon、Apple、Microsoft、Netflix、Metaなど海外企業のサービスを利用する際に、円を売って外貨を購入する必要があり、当然円安圧力となる。
このサービス収支はかつてはあまり問題になっていなかったが、インターネットを通して様々なサービスが国をまたいで提供できるようになった。
例えばGoogleは多くは無料で使えるサービスであるが、その収益は広告に依存している。検索連動やYouTube広告で多数の広告が出ているが、それらは企業が支払っている。
Google日本法人の売上は推定2兆円程度とされる。日本法人にお金が貯まるのではなく、Google Asia Pacific Limitedというシンガポール法人とか、アメリカのGoogle本社へお金が送られる。
単純計算では毎年2兆円、日本人はGoogleを通して円を売りドルを買っていることになる。
これは他のIT企業でも同様で、AppleであればiPhoneのハードウェアの輸入だけでも莫大な金額円を売りドルを買っているわけであるが、iCloudやApple Music、アプリ内課金の30%をAppleに持っていかれるなど、クラウドサービスを使うたびに、円を売ってドルを買って米国本国にお金を支払っているので、円安の原因となる。
Appleも、日本での売上は数兆円規模と言われている。
Microsoftも2023年の決算では日本法人が売上1兆円を超えたと発表した。MicrosoftもWindowsやOfficeなど、デジタルサービスで稼いでいる。
Metaも広告、Netflixは配信で、円安に貢献している。
やっかいなのは、デジタルサービスは日本に工場を持たなくても、社員もあまり持たなくてもサービスを提供できてしまうことで、あまりにも日本国内にお金が落ちないことで問題視されている。
米国本社の技術者が開発し、海底ケーブルを通して日本に提供し、クレカ決済で支払う。
どこにも日本人はいない。
例えばGoogleの広告営業や、MicrosoftのOffice365の営業、Apple Storeの日本人営業がいるとする。
日本法人が開発したサービスではないので、日本法人で集めた売上を本社に送る時に「技術料」とかいう名目で大半のお金を払ってしまい日本にほとんどお金が残らず、お金が残らないと法人利益にならないので、法人税もほとんど払わない。
それがまかり通ってきたのがGAFAMとか呼ばれる巨大IT企業たちである。
欧州ではよく独禁法などの制裁金が何千億円と課されたりしているが、私個人的には、全然税金も支払わない彼らに対してショバ代として金を払わせる手段なのだろうと思っている。
唯一日本国が円高をもたらす産業として伸ばしているのが、観光産業である。
2001年の小泉政権の時代から、YOKOSO JAPANとして日本への外国人観光客を増やす取り組みをしてきた。
特に日本が物価が安く観光資源が多いのもあって、日本はコロナ前まで莫大な数の観光客を受け入れていたが、コロナ禍の影響でインバウンド需要が激減し、観光収支の黒字が大幅に減少していった。
去年からいよいよ外国人観光客も受け入れ始めたので、日本で彼らが使うお金に期待であるが、残念ながらデジタルサービスの赤字を補うほどには至っていない。
また、最もお金を使うとされていた中国人観光客は、中国の経済悪化や原発処理水関連の報道などもあり、コロナ前ほどまで回復はしていない。
外国人が日本でお金を使うときは、外国通貨を売って円を買い、日本で円でものを買うわけで円高に作用する。
政治
2024/10/29
円安の本当の要因とその背景の解説
『アゴラ 言論プラットフォーム』より
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