ゲージの頭を突き抜けた鉄の棒は25メートルほど先まで飛んで落ちたといいます。
まさに大惨事。
ところが驚くべきことに、ゲージは数分もせぬ内に話し始め、ほとんど人の手も借りずに、自宅までの1.2キロを馬車に乗って帰っていったというのです。
その後、医師による処置を受けたゲージは左目の視力を失ったものの、知力や認知機能、運動能力はそのまま維持しました。
ところが、家族や友人はゲージの大きな変化に気づきました。
彼の性格、とくに感情表現がガラリと変わってしまったというのです。
友人たちは「もはや以前のゲージではなかった」と話し、主治医は「悪態をつくことが多くなり、仲間に対する敬意もほとんどなくなった」と書き記しています。
結局、ゲージは現場監督の職を失い、事故から12年後の1860年、36歳の若さで亡くなっています。
なぜゲージは性格が変わってしまったか、その答えが今回の研究に隠されているかもしれません。
前頭前野の損傷で「感情の判断」ができなくなる
「自分の感情について考え、判断を下す」というのは、少々わかりにくい表現かもしれません。
しかし本研究主任のアジャイ・サトプート(Ajay Satpute)氏によれば、「私たちは常に感情に対して、何らかの評価や判断を下している」といいます。
例えば、お葬式に出席してなぜか「笑い」がこみ上げてくると、その感情はその場にそぐわない「悪いもの」だと判断します。
あるいは、無礼な人に対して「怒り」を感じるとき、「ここで怒ってはいけない」と自分に言い聞かせることで、暴言を吐くのを抑えられるでしょう。
このように感情に対する評価や判断は、社会への協調的な参入と、自分の間違った行動の抑制にとって有効なのです。