ハリク氏の発言の中でもっとも心を動かされた箇所は、「グローバリゼーションは危機に瀕しており、人類全体のために新たな精神的な方向性が求められている。我々には全体性に対する責任がある。閉ざされたカトリシズムから抜け出し、開かれた腕で普遍的な教会へ向かう必要がある。教会のシノダルな刷新は、教皇フランシスコの『フラテッリ・トゥッティ』の精神に基づく、全人類に対する責任を持つカトリシズムへの機会だ」ということだ。

世界はグローバリゼーションの時代だが、グローバリゼーションは一部の国や地域で経済成長を促進したが、その恩恵は不均等に分配されている。特に、先進国と発展途上国、都市部と農村部、グローバル企業の利益と労働者の賃金の格差が広がっている。富裕層がグローバリゼーションの恩恵を大きく享受する一方、低所得層や一部の国々はその利益をあまり享受していないため、社会的・経済的不平等が拡大している。この不平等が各国での政治的不安やポピュリズム、反グローバリゼーション運動を引き起こし、国際協力や自由貿易体制への不信感が強まっているわけだ。また、情報技術の発展は、グローバリゼーションを加速させたが、同時に「デジタルデバイド」(技術格差)を拡大させている、いった具合だ。

グローバリゼーションがもたらす多文化主義や国際協力に対する反発として、ナショナリズムやポピュリズムが多くの国で勢いを増してきた。こうした動きは、自国第一主義や国境の強化、移民政策の厳格化につながり、国際協力の妨げとなっている面がある。また、グローバリゼーションは、文化の均質化や西洋的価値観の普及をもたらし、多くの地域でローカルな文化やアイデンティティが脅かされている、という批判がある(文化的なアイデンティの危機)。

その欠如を埋める理念をハリク氏は、2020年に発表されたフランシスコ教皇の回勅『フラテッリ・トゥッティ』の中に見出している。曰く「私は、『フラテッリ・トゥッティ』が21世紀にとって、20世紀における『世界人権宣言』と同じくらい重要であると考えている」というのだ。