自主避難は母子のみで行われる場合が多かったが、汚染されているという地域で夫などが健康的に暮らしている事実は報道機関から問いただされなかった。自主避難者を生む土壌となった「保養」と呼ばれる活動についても語られなかった。支援者の正体についてもだ。さらに関東から自主避難した人々については、国と自治体も実態を把握できないため完全に忘れ去られたままになっている。

そして「当事者が語るのだから真実」「被害者を疑うのは侮辱」とされて検証を難しくし、活動家やマスメディアによって囲い込まれた自主避難者以外が見捨てられた。また被曝デマは自主避難者を生み出しただけではない。反原発と脱被曝への感情的な世論を盛り上げ、こうした感情的な反応が特定の自主避難者が語る被曝不安によって強化されたのだった。

扇動の循環構造

原発事故後に母子避難が多発したのは、子供が被曝して健康を損ねたり、死んだりするのではないかという恐怖に、母親たちが囚われたからだ。被曝への不安が広がったのは、SNSやマスメディアでオピニオンリーダーになっていた人々、活動家、政治家のほか、生活協同組合(生協)の影響が大きかった。

これらの人や団体は、国や自治体や東電が発表する被害状況を信じてはいけないと言い、生協は福島県が出荷前検査を行っているにもかかわらず同県産品を排除し、他の食品についても「いつ汚染された食品が出回るかわからない」と線量検査を続けた。さらにマスメディアは彼らの活動を報じたり、やはり公的な情報は信じられないとして動植物の奇形、被曝による鼻血、食品の汚染などを話題にした。

こうしてオピニオンリーダーらの見解は正しく、彼らの言う通り危険が差し迫っているとする「虚像」が生み出され、母親たちに不安感を植え付けた。また母親たちにオピニオンリーダーを熱狂的に支持させ、支持されたオピニオンリーダーらは国、自治体、東電のほか、安全性を説明する科学者などを列挙し、不安を怒りに変えて抗議すべき相手と支持者に指し示した。