アジア版NATOというのは巨大な発想だが、その時期は来ていない。いや、まず実現することは決して無いだろう。インド太平洋地域の戦略環境は多数の国家間の安保上の国益の相違を明示し、NATO的な概念の実現を困難にしている。

極めて丁重な論評だと言えよう。日本の新しい総理大臣への礼節をも感じさせる。だが、その核心は「決して実現することは無い」という明言だった。米側の他の専門家たちの反応はもっと直截で厳しかった。ランド研究所のジェフリー・ホーナン日本部長も「非現実的だ」と一蹴した。外交関係評議会のシーラ・スミス研究員も同様に「実現できない発想」と述べた。

しかし、私自身が直接取材したアメリカ側の関係者たちの反応はさらに辛辣だった。「日本の新首相がこんな現実性に欠ける政策を対外的に発表するとは信じられない」という反応だった。石破氏は日本では防衛問題に詳しいとされるが、今回の発想は無知に等しいという表現を名前を出さないという条件で述べた専門家もいた。とにかくアメリカ側の専門家全体の反応はこの石破構想を一笑にふす、という感じなのだ。もっと率直に述べれば嘲笑、苦笑という印象でさえあった。

しかし、このアジア版NATO案は日本側で普通に考えただけでも、その非現実性が簡単にわかる。

日本、韓国、フィリピン、インドといった諸国が反中集団同盟に結集できるのか。インドはそもそも「非同盟」の国是を保ってきた。韓国が有事に日本の自衛隊を自国内に招いて、共同戦闘を展開する可能性があるのか。まして日本側では憲法の制約で集団的自衛権を自由に行使出来ないままなのだ。さらにアメリカの核兵器を日本国内に持ち込むなど、石破氏がこれまで提起したことがあったのか。

本来のNATOは1949年にソ連の軍事的脅威を抑止する同盟として結成された。当時の加盟国は12ヵ国。アメリカの強大な軍事力、特に核戦力で、圧倒的に優位なソ連の通常戦力の攻撃や威嚇を抑止することが主眼だった。今ではフィンランド、スウェーデンという年来の中立国まで加わり、加盟国は32ヵ国となった。このNATOの加盟国はみな自由民主主義、法の支配、人権尊重などを共通の価値とする。共通体質の諸国家なのだ。アジアの状況とはまるで異なる。