しかし、それならば彼らが主張するように先進国がカーボンニュートラルを2050年よりも大幅に前倒しで達成し、化石燃料火力をすべて再エネで代替し、しかも途上国に巨額の資金援助を支払うことを受け入れるだろうか。
答えは「否」である。急激なエネルギー転換をすれば、消費者や産業界が負担するエネルギーコストは必然的に上昇する。エネルギー価格の上昇への拒否反応がいかに強いかは、本年6月の欧州議会選挙で化石燃料へのエネルギー補助金を縮小・撤廃しようとした環境政党が一般庶民の怒りを買い、大幅に議席を減らしたこと、我が国において依然としてガソリン補助金、電力・ガス補助金を継続せざるを得ないことを考えれば明らかだろう。
途上国に負担を押し付けることはできない。さりとて先進国の負担能力にも限界がある。1.5℃目標を前提にした厳しい炭素予算を前提とする限り、先進国と途上国で折り合いをつける可能性は皆無である。
シンポジウムでは本部客員研究員が温度目標をめぐる今後の方向性として以下の4つを示した。
1.5℃目標の実現性に関わらず、2050年カーボンニュートラル目標を堅持する 実現可能な温度目標(例えば2℃目標)に回帰し、加えて削減対策と適応対策のバランスを重視する 着実に気候変動対策を進めるが、特定の温度目標には固執しない 次第に、気候変動対応への関心が薄れていくTWNのボース氏は先進国の負担割合を大幅に引き上げる前提で1.を主張した。本部研究員は上記の理由で2.を主張した。ピルキー教授は「そもそも温室効果ガス蓄積の結果である温度を目標にすること自体が無理であり、本気ならば「石炭火力全廃条約」のようなものが必要だ」と述べたが、そんなことが実現するはずがないことは誰もがわかっている。
筆者は3. に近い。もともとパリ協定第2条は「産業革命以降の温度上昇を2℃を十分に下回るものに抑え、1.5℃までに制限するために努力すること」を謳っており、第4条では「2条の気温目標を達成するため、今世紀後半にカーボンニュートラル(排出量と除去量のバランス)を達成する」ことが謳われているのであって1.5℃、2050年カーボンニュートラルが決め打ちされているわけではない。