シンポジウムでは本部客員研究員、ピルキー教授いずれも1.5℃目標達成のために必要される排出削減量はおよそ現実性がなく、1.5℃目標は達成不可能であると論じた。

ボース氏のIPCC批判も同じ結論につながるのかといえば、そうではない。ボース氏は1.5℃目標達成の道筋を示すモデル計算そのものには否定的なのだが、温暖化が進めば脆弱な途上国に悪影響が出るとして1.5℃目標は引き続き目指すべきであると主張する。ただし1.5℃目標を追求するに当たって先進国と途上国の負担分担の見直しを主張する。

世界人口の19%しか占めていない先進国は1850年から2019年までの累積CO2排出量の68%を占め、世界人口の81%を占める発展途上国のシェアは累積CO2排出量に占めるシェアは32%である。 先進国は、途上国に脱炭素化の負担を押し付けるために、5℃目標を利用しようとしている。IPCCシナリオのように衡平性を無視した想定の下では大多数の途上国にとっては、貧困撲滅等、多くの重要な開発目標が達成される前に成長を止めねばならなくなる。 5℃目標達成のため、2030年までに排出が許容されるCO2排出量(炭素予算)の配分を衡平性を考慮して分配(フェア・シェア)すれば、先進国のフェア・シェアは87Gt-CO2である。しかし、先進国のNDCを分析すると、2030年までに累積で140Gtの二酸化炭素を排出することとなり、その公正な取り分を53Gt上回る。先進国の現在の気候緩和努力は、気温上昇を1.5℃に抑えるには不十分であり、炭素予算を過剰に消費している。 発展途上国の電力需要は、今後急速に増大する。2010年~19年で中国とインドの年間電力消費量はそれぞれ年率6%、6.3%の伸びを示したが、EUでは0.3%の減少、米国では0.12%の微増であった。 COP28では5℃目標達成のため、世界の再エネ設備容量を2030年までに3倍にするとの目標が掲げられたが、米国が既存の化石燃料容量を維持すれば、追加電力需要をすべて再エネ設備で満たしたとしても約26GWにすぎず、再エネ設備容量を3倍にするという目標に対する貢献はわずか0.4%にすぎない。他方、米国とEUが化石燃料による電力生産をすべて段階的に廃止し、再エネ設備に置き換えれば、米国、EUにおける追加の再エネ設備容量は1,565GW、538GWとなり、世界全体の再エネ設備容量3倍増の3分の1以上を拠出することになり、負担の公平な分担に近づく。 エネルギー転換には、社会的、経済的、文化的、政治的/制度的な問題が含まれ、おかれた状況は国によって異なる。途上国は、グローバル化された経済・金融システムにおいて相対的に不利な立場にあり、開発への権利を追求し、国内資源を動員する上で、構造的・制度的に弱い立場にある。金融危機やCOVID19の悪影響、様々な分野(貿易、気候変動、金融、投資、安全保障)における多国間協力体制の分断等もこれに拍車をかけている。

途上国の立場に立てば、十分に首肯できる主張である。化石燃料を好き放題に活用して経済を発展させ、国富を蓄積してきた先進国が、今になって途上国に対して「温暖化防止のために化石燃料利用を控えるべきだ」と主張するのはダブルスタンダード以外の何物でもない。