2.“高専“における理工系人材の育成
2.1産業界からニーズが高い高専とは

前章では、高度経済成長期に技術者不足が深刻化し、理工系大学の拡充だけでは人材供給が追い付かない状況であったと述べた。そのような人材不足下で産業の中核を担ったのは高専だった。

1962年に工業に関する中堅技術者の育成を目的として国立工業高等専門学校12校が発足した。高専は、理工系に特化していることから工業高校と大学の中間に位置し、高校と短大が一体化した5年生の教育機関である。多くの学生は中学卒業後に高専に入学し、20歳で卒業することになる。卒業時は大卒より若く、実践力や専門知識を持った即戦力として重宝されている。近年の卒業後の進路では、約60%が就職、40%が大学へ編入学となっており注3)、今なお産業界から高く評価されている。

2024年5月末現在、日本には国公私立合わせて58校の高専(うち4校が私立高専)が存在し、約5.6万人の学生が学んでいる注3)。近年、技術の急速な進歩や産業構造の変化、時代や社会のニーズに合わせてスタートアップやアントレプレナーシップ教育にも力を入れ、実践的・創造的技術者を養成する高専も増えている。

高専と言えばアイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト(通称、高専ロボコン)を代表するようにものづくりのイメージが強い。高専の時間割を見ると、実習が多い。高専生は早いうちから自分の手を動かして実践する機会に恵まれており、失敗や試行錯誤を繰り返しながらアイデアを実現させていく経験を積んでいる。そのプロセスが学生をさらに成長させているのではないか。

2.2 日本のものづくりの強み

ここで、日本のものづくりの強みを整理する。この要素が日本の理工系人材の育成のカギとなるので少し理屈っぽいが説明する。

まず、抽象的な製品の設計思想注4)について述べる。

図1に製品の設計思想を示す。製品アーキテクチャはモジュラー型とインテグラル型に分けることができる。

モジュラー型の製品では、各々の部品が定められた仕様を満たすようにして作られているため、1つの部品を作る際に他の部品への影響を考える必要はなく、部品毎に技術開発を進めることができる。モジュラー型製品の代表例は、ノートPCや電気自動車である。

一方、インテグラル型の製品では、部品同士が相互に作用し合うことで製品全体の性能を決めるため、部品間のすり合わせの工程が重要となる。そして、すり合わせが製品の最終性能を決めることになる。インテグラル型製品の代表例は精密機械や自動車である。

製品の構造が比較的シンプルなモジュラー型製品は模倣されやすく、価格競争に陥りやすい。インテグラル型の製品は日本のものづくりの強みを活かすことができ、科学技術立国としての輝かしき時代は、自動車や電化製品が飛ぶように売れ、日本企業が競争優位性を保つことができた。

では、日本のものづくりの強みとはなんだろうか。それは、先に述べたすり合わせの過程にあるのではないか。

2.3 人材育成のカギはものづくりによる試行錯誤と職人気質

部品間の相互調整や最終性能を向上させるために試行錯誤を繰り返しながら製品を作りあげていく。この工程は一人では成し遂げられず、多くの人の知恵や協力の上で進めていくことになる。人が集まり、コミュニケーションを交わしながら作業を進める過程は、ただ製品を完成させるためだけの時間ではない。ものづくりの技術やノウハウをベテランから若手へ継承する教育の場としての機能、家族のように相互理解を深めた仲間と結束力を高める時間など様々な役割を担っていた。

日本人の職人気質はすり合わせに適しており、すり合わせ工程を通して日本人のベクトルの方向が揃ったことで大きな力となり、輝かしき科学技術立国を築いていたのかもしれない。

技術も時代も進歩している。今は同じ空間に居なくても、コミュニケーションを交わし信頼関係や仲間意識を高めることができるようになった。技術やノウハウの継承に関しても、もはや「師匠の背中を見て覚える」という時代ではない。

しかし、どれだけ科学技術が進歩したとしても、ものづくりには職人気質が不可欠である。理工系人材の育成では、試行錯誤を繰り返す、失敗をするという経験が今も昔もものづくりの根幹であり続けている。最近は理工系学生の実習時間が少なくなっていること、ハードよりもソフトの人気が高まっていることから理工系学生にとってものづくりの世界が遠くなっている。そのため、教育カリキュラムや課外活動などでものづくりの機会を増やし、生徒や学生の職人気質を伸ばす教育が必要と考えている。