実際、私たちは今日、まさに2001年12月にアドルフォ・ロドリゲス・サア大統領在任中にアルゼンチンのデフォルトが宣言され、満場の聴衆と喝采の渦に包まれた、この同じ下院にいることを申し上げないわけにはいきません。このデフォルトは、全支配階級によって祝福され拍手喝采を浴びましたが、アルゼンチンを破壊したポピュリズムのサイクルの始まりとなりました。

一般的に、行政府が議会に提案する国家予算は、経済大臣が発表するのが通例であるため、なぜ私が今夜ここにいるのか不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれません。私が個人的に行うことにした理由は2つあります。

第一に、私は経済学者だからです。そしてそれを誇りに思っています。より正確に言えば、私はアルゼンチン史上初の経済学者大統領であり、私は経済学者であるがゆえに、おそらく職業上の変形により、私にとって国民の運命は、その国民が下す経済的定義に翻弄されます。なぜなら、健全な経済に基づいてのみ、人々は真に自由を行使することができるからです。

さて、これらの定義のうち第一に重要なのは、国家が何をしなければならないか、また納税者のお金をどのように使うかということです。それが国家予算です。

ある意味で、今日私たちが知っている民主主義は「代表なくして課税なし」という原則のもとに生まれた革命の産物であることを忘れてはなりません。この名誉ある議会の主な仕事は、国家が納税者の税金を使って何をするかを規定する国家予算を確立することです。

私が今日ここに出席した2つ目の理由は、これまでとは全く異なる予算案を提案するために来たからです。これは私たちの歴史の中で最も根本的に異なるものです。そして私は、変化が深ければ深いほど、それを勝ち取るためにはより大きな努力が必要になることを身をもって学びました。これが、私たちが今日ここにいる理由です。なぜなら国家予算は単なる法ではなく、他の法律を律する法だからです。