この「成熟」の成立に抵抗したのは、ゼレンスキー大統領だった。アメリカの大統領選挙が実施される前に「成熟」を崩し、戦線を拡大させ、戦局を流動化させることを狙って、クルスク侵攻作戦を開始した。

この侵攻作戦は、ウクライナにとって、合理性がない。ウクライナのほうに不釣り合いな損害を出す結果を招く可能性が高い。

まず東部戦線の膠着が崩れ、ロシアが支配地域を拡大させ始めた。そしてここ数日、クルスクでもロシア軍の目に見えた攻勢が始まり、ウクライナに支配された地域を奪還し続けている。

人口6千人(占領時は避難後だったので住民200人程度だけしかいなかったと言われる)のロシアの片田舎の国境の町を守るために、1万人とも言われるウクライナの精鋭部隊が、目的の見えない、合理性の欠けた、包囲されて殲滅されかねない危険な作戦を遂行している。

何のために?

戦争を続けるためである。

ゼレンスキー大統領は、「成熟」の成立による停戦を拒絶したかった。そこで仮にウクライナのほうがより大きな損をするだけだとしても、貴重な自国兵士の人命及び装備が目的不明な非合理的な作戦で無駄に消耗されるだけだとしても、なお戦争の継続につながる行動をとることを選択した。

このゼレンスキー大統領の判断によって、過去1カ月余りの間で、ロシア・ウクライナ戦争は、大きく動き始めた。もはや7月の時点の戦局ではない。そしてアメリカの大統領選挙が実施されるまでの2か月の間に、何が起こるのか、極めて流動的で不安な状態になっている。