かつて、脳内で新たなニューロンが生成されることはないと考えられていました。

実際、20世紀に書かれた古い医学の教科書には、ニューロンは胎児期にすべて生成され、大人になってからは新たに生成されないと記されていました。

しかし、近年の研究によって、成人でも神経細胞の新生が起こっていることが明らかになってきました。

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アストロサイトは星状の形をしている。ニューロンに似ているが主な役割は栄養供給である/Credit:GerryShaw,Wikimedia Commons

たとえば、「ロンドンのタクシー運転手の海馬が、他の人と比べて大きい」という研究があります。

この研究は単に海馬の体積を調査したものでしたが、後続の研究では、海馬の歯状回という領域で実際にニューロン新生が起きていることが確認されました。

また、脳の空洞部分である脳室下帯も、成人以降もニューロンを生成し続ける特殊な領域であることがわかっています。

特に、マウスの脳室下帯では、脳細胞に栄養を供給する役割を担う「星状細胞(アストロサイト)」が神経幹細胞として機能していることが知られています。

体内の細胞は、特定の役割を持つ細胞(例えばニューロンや胃粘膜細胞)と、それらを補充する幹細胞に分かれます。

ニューロンや胃粘膜細胞が「職についている」社会人とするなら、幹細胞は「職に就く前の未熟者」と言えます。

細胞の世界では、増殖するのは職に就いた細胞ではなく、未熟な幹細胞です。

未熟な細胞が増えることで、需要に応じて迅速に補充できるのです。

しかし、マウスの脳室下帯にある星状細胞は特殊で、既に栄養供給という「職」に就いているにもかかわらず、幹細胞として未熟な細胞を生成する機能も持っています。

つまり、「幹細胞らしくない細胞」が幹細胞として機能しているのです。

脳の他の場所に存在する星状細胞には、こうした幹細胞の機能は確認されていません。