「氷肌玉骨」の由来
「氷肌玉骨」の由来となったのは、古代中国の詩の一節だとされています。
出典は後蜀の後主「孟昶」の詩
十国後蜀の皇帝「孟昶」が詠んだ詩『避暑摩訶池上』が出典とされています。
『避暑摩訶池上』には「冰肌玉骨清無汗 水殿風来暗香暖」という一節があります。
「氷肌玉骨」は、この詩文から来た四字熟語とされています。
ちなみに「冰肌玉骨清無汗 水殿風来暗香暖」は「氷のように透き通る肌、そして玉のような美しい骨を持つ美しい女性は清らかで汗をかかない。水辺に建てられた屋敷には風が吹きほのかな花の香りが暖かに漂っている。」ことを意味します。