「津波供養塔(供養塔)」(三重県度会郡南伊勢町)

地震・津波碑データベースでわかる「次に危ない地域」5選! 今こそ祖先からのメッセージを聞け!
(画像=画像は「寺社・石碑データベース」より引用,『TOCANA』より 引用)

 紀伊半島の南東部分にある三重県度会郡南伊勢町は、太平洋に面した土地だ。南側の海から200m弱に位置する最明寺の山門前に、この津波死者供養塔が建てられている。前述の宝永地震と安政南海地震(1854年12月24日、M8.7程度)の津波による犠牲者を弔うものだ。碑文には、宝永地震で約60人、安政南海地震で3人が溺死したと記されている。

 南伊勢町も南海トラフ巨大地震で甚大な津波被害が予測されている。内閣府の被害想定では、最大津波高22m(平均12m)、津波到達時間が最短で地震発生後8分だ。そして三重県全体としては、なんと最大で4万3千人もの死者が想定されている。特に海沿いの低地では、大地震が発生したら即座に高台へと避難しないと、津波に呑まれて命を落とすことになるだろう。

・ 「浅川観音堂石段 津波襲来地点石標2基」(徳島県海部郡海陽町)

地震・津波碑データベースでわかる「次に危ない地域」5選! 今こそ祖先からのメッセージを聞け!
(画像=画像は「寺社・石碑データベース」より引用,『TOCANA』より 引用)

 四国で津波碑がとりわけ多い徳島県海部郡海陽町にある9件のうちの一つ。観音堂に至る石段に、安政南海地震(1854年12月24日、M8.7程度)と昭和南海地震(1946年12月21日、M8.0)による津波が、どの段まで達したかを示す石標が建てられており、安政は海抜6.4m、昭和は4.1mまで達したことがわかる。

 碑文縁起には、「自分の目線をその位置に合わせ、石段反対側の家の高さと比べて下さい。津波の恐ろしさが実感できるはずです」と記されている。2つの時代の津波が、どの高さまで達したかを体感できる仕組みとなっており、後世の人々に防災の重要性を訴えかけている。内閣府発表の南海トラフ巨大地震の被害想定では、徳島県全体で最大3万1千人の死者が想定されており、津波到達時間は最短で地震発生後6分。即座に避難しなければ、間違いなく命はないだろう。