ウクライナやその支援国がエスカレーションのハシゴを登れば、それだけロシアが核兵器を使うインセンティブとリスクは高くなるのです。

クルスク侵攻とバーゲニング・パワー

ウクライナが危険を冒してロシア領内への越境攻撃を実施した最大の狙いは、ロシアに対するバーゲニング・パワーを高めることでしょう。キーウの声明は、これを裏づけています。

ウクライナ外務省のヘオルヒイ・ティキ報道官は8月14日、記者団に対して「公正な平和の回復」に合意するよう、ロシア政府に圧力をかけることが、ロシア領内であるクルスクへの侵攻の目的だと話しました。

残念ながら、短期的には、この目的は果たされないでしょう。なぜならば、ロシアのプーチン大統領は、クルスク州で民間人を標的にしているような敵(ウクライナ)との交渉はあり得ないと言及したからです。

ロシアのウシャコフ大統領補佐官も8月19日、ウクライナ軍がロシア西部クルスク州を越境攻撃しているため、和平交渉は当面見送ると述べました。ただし、ロシアが先に提示した和平案は撤回していないとも語り、将来の交渉に含みを持たせています。

多くの専門家が指摘するように、この戦争は交渉により終結する可能性が高いと思われます。その際、どのような条件で戦争を終わらせるかは、ロシアとウクライナの相対的なバーゲニング力(交渉力)で決まります。このパワーの相対的な配分こそが、戦争の結果を左右するのです。

戦争にはコストがともなうので、交戦国は、それを少なくしようとするインセンティブを持ちます。そして、そのコストは「相手を痛めつける力」(トーマス・シェリング)の程度が生み出します。敵対国からより強く痛めつけられそうな国家は、そのコストを減らすために、交渉でより多くの不利な妥協を強いられます。逆にいえば、相手国をより強く痛めつけられる国家は、戦争を終わらせる際の交渉において、相手国から、より多くの妥協や譲歩を引き出せるのです。