労働者認定を勝ち取るために必要なこと

 会社と業務委託契約を交わして仕事をしている人が労働者性を強く意識するのは、ケガや病気をしたときだろう。

 雇用契約で働く労働者であれば、通勤時間や業務時間中のことが原因でケガや病気をした場合、治療費は労災保険から自己負担なしで全額給付されるうえ、働けない期間は休業前賃金の8割が保障されるからだ。

 一方、委託契約で働く個人事業主には、そのような保障は一切なく、仕事ができなくなったら、たちまちその日から収入は途絶えてしまう。では、労働者認定を勝ち取るには、具体的にどうすればいいのだろうか。

森崎氏「仕事中にケガをした、あるいは通勤途中にケガをして自分の働き方が労働者ではないのかと思ったら、労働基準監督署に相談するのが一番いいと思います。労災保険の給付に関することは、労災基準監督署で判断するからです。また、自分は労働者だと思っているのに、割増賃金が払われていないというケースについても、労基署に相談すべきです。賃金が不払いであるとか、有給休暇が付与されないといったことを判断するにあたっても、その前提として、労働者性を判断することになります。

 ただし、労基署を訪れても、その場でパッと回答が出るものではありません。相談された際にはまず、判断基準に関することについて教えてもらうという形になると思います。具体的な判断が必要なケースでは、事業主にも話を聞きます。双方の話を聞いて、事実関係を確かめながら判断することになります」

--冒頭の朝日新聞デジタルが報じたケースでは、通勤途中の事故について労災保険の適用を求めているようです。

森崎氏「労働者性を認定したということは、労災保険給付の前提条件をクリアしたということです。このケースでは、他の要件も問題なく、その給付を決定したということです」

--会社には、さかのぼって労災保険の手続きをせよと命じたのでしょうか。

森崎氏「労災保険の適用に関しては、そういうことになると思います」

--会社は争うとみられますか。

森崎氏「このケースでは、すでに労働者性が認められているので、会社は給付決定自体を争えません。監督署が労災の給付をするだけです。この人の負傷等が業務災害あるいは通勤災害だという労基署長の決定自体に会社が不服を申し立てることは、基本的にできません」

--つまり、労働者と認められれば、労災給付は確定するのですか。

森崎氏「通勤災害ですと、基本的に会社に責任はありません。会社の安全配慮義務とか、その義務違反に伴う慰謝料の請求もない場合が多いでしょう。一方、業務災害の場合、いわゆるメリット制の適用(労災保険率または労災保険料額を増減させる制度)に関して、事業主と国との間で争いになる余地がありますが、労災給付自体には影響はありません」

--「自分は労働者なので残業代を払ってほしい」といった要求は、労災とは別の話ですか。

森崎氏「基本的には、会社に請求することになります。労基法に基づく使用者の義務ですから。時間外労働が発生しているというのであれば、割増賃金を払ってくださいと会社に請求します。それでも会社が払わない場合、今度は労働基準監督署の担当部署に相談または申告します。監督官が詳しく調査をして違反が認められれば、労基法に基づいて割増賃金を払いなさいと指導することになります」

--そこで会社は不服申し立てたら、どうなるでしょうか。

森崎氏「労働基準監督署の是正勧告に対して、不服を申し立てることできません。行政処分ではなく、勧告・指導ですから。逆にいうと、監督署が賃金や割増賃金を取り立てることもできません。指導されて従わないとしても、無理やり徴収はできないのです。刑事的な違反として送検することはできても、不払い賃金を回収してあげることはできません。そのため、割増賃金を回収したい場合は、別途民事裁判を起こすなどの対応が必要となります」

--本人が民事裁判を提訴する際、監督官から是正指導があったということで事実認定は容易になりますか。

森崎氏「ひとつの主張としては、それもありうると思います。ただし、裁判所は労基署の判断に拘束されません。必ずしも認めなければいけないわけではありません。裁判所は、新たに両者の言い分を聞いて判断します。労基署が認めたことをどう判断するかも、裁判所次第です」

--証拠をキッチリ自分でそろえて説明すべきですか。

森崎氏「監督署としては、できる限りいろんな資料を集めたいと思いますから、労働者も可能な範囲で提出してほしいと思います。そして、会社にもさまざまな資料提出するように求めて、できるかぎり実態をあきらかにして判断するということです」

--タイムカードがない場合は、パソコンの記録も証拠になりますか。

森崎氏「それもひとつの判断要素ですね。毎日、手帳に記録していたものも、自分で書いているからすべてダメだとはならない。仕事に関するメールを送信している日時も、仕事していたと判断される可能性が高い。会議に出席している日時もわかり、メール一本でも証拠になる。上司からの指示があれば、その内容をしっかり記録しておく。メールで事細かな指示をされてその通りやっていたとなれば、これは業務委託とか、請負ではないと判断されるかもしれませんから」

--賃金の決め方はどうでしょうか。

森崎氏「口頭で『月○万円』と言われた場合でも、それが時給なのか、日給なのか、仕事一式なのかが大事なのです。証拠が何もない場合でも、振込記録など、支払いの証拠はわりと残っているでしょう。月によって変動している場合は、それがなぜなのかといった理由がわかるような証拠も欲しいですね」

--残業が多い場合は、どのように判断されますか。

森崎氏「やはり最初の入り口は労働者性です。そこがはっきりしないと、その後の結論が全部違ってきます。要するに、いくら長時間労働しているからといって、その事実だけをもって労基法違反になるかというと、そうではありません。労働者性が認められたあとで、初めて労基法違反という話が出てくるわけです」

--どこかの労働組合の組合員になって、組合員として労基署に申請するのは有効ですか。

森崎氏「組合に入ったからといって、労基署の対応が何かが変わるわけではありません。しかし、労働組合に入ることによって、事業主に対して団体交渉権が行使できる面が大きい。また、組合に入って、労災などに関する専門的な支援をしてもらうことは非常に大事だとは思います」

--組合の支援を受ける一番のメリットはなんでしょうか。

森崎氏「経験豊かな労組の方のアドバイスが得られることです。どういうふうにして事実を明らかにするか、どんな証拠を提出したらいいかなど、ちょっとしたことで諦めていたことでも支援の人がいれば違ってきます。これは大きなメリットでしょう。『あなたのケースなら、過去にこんな判例があるよ』といった情報は、相談する人にとっては励みになります」

--われわれ一般人は「労基署に行けばなんとかしてくれるだろう」と思いますが、そうではないのでしょうか。

森崎氏「相談することも大事です。何も支援のない方にとって、労基署は重要なセーフティーネットですから、相談に来られる人に対しては、しっかりサポートしなければいけません。もちろん、基準を違えた決定はできませんが、誰もが平等に制度が適用されることを確保することが大事です。行政としては、上級官庁とも連携して判断するケースもあります」

--仮に、偽装フリーランスの案件で労災申請をしたら、結論が出るまでどのくらいかかりますか。

森崎氏「労災認定に要する時間は、事案によってまったく異なります。大半は1カ月以内に決定があり、支払われています。しかし、調査を要する複雑な事案については、6カ月あるいは1年を超えるケースもあります。もとより、担当職員は迅速な決定を心がけています」

--その判断を担うのは労働基準監督署ですが、労基署の職員の数が十分ではなく、実態を調査する余裕はなかなかない状況にあるといわれていますが、実際はどうでしょうか。

森崎氏「働き方が多様化していますので、仮に調査をしても要件に合致しているか迷うケースは少なくありません。労基署にとって、労働者性に関する判断が難しくなっていることもあります。パッと答えられることは本当に少なくなっています。典型的な働き方ではない、非典型な働き方が増えているからです。テレワークなどの広がりも変化の一つといえます」

--アマゾンやウーバーイーツの宅配業務のように、完全出来高制で働く人は、労基法上の労働者とは認められないのでしょうか。

森崎氏「出来高制だから労働者性が認められない、というわけではありません。労基法には出来高給を前提とした規定もあります。一方、労働者性の判断は、これまでみてきた労基法の労働者とは別に、労働組合法上の労働者と認められる場合もあります。労基法上の労働者とは認められなくても、労働組合法上の労働者と認められれば、労働組合を通して事業主と労働条件について団体交渉ができるようになります。

 わかりやすい例が、プロ野球選手が加入して球団と交渉する選手会です。選手は、試合時間が長くなっても割増賃金をもらえることはありません。労基法上の労働者ではないからです。しかし、組合に加入して球団と交渉する権利は認められています。

 ウーバーイーツの運営会社の場合は昨年、東京都労働委員会が労働組合法上の労働者と認め、会社側に団体交渉に応じるよう命じました。会社側が再審査を求めたため、これから中央労働審議会で審議される見込みです」

--そのほかにも相談できるところはありますか。

森崎氏「今年4月、フリーランス新法が成立し、労働局や公正取引委員会、中小企業庁が指導できる枠組みができました。労基法の労働者ではないというような人であっても、取引の適正化や就業環境の整備が必要と考えられているのです。労基法のように罰則が付いているわけではないけれども、一定の基準にそって行政機関が指導をする枠組みがつくられました。

 これまでも下請法とか独占禁止法がありましたが、概括的な規定しかなく、十分に運用されているとはいえませんでした。しかし新法では、業務を委託する者がやるべきこと、やってはいけないことを具体的に列挙しています。

 フリーランスに関しては、弁護士会に委託された専用の相談窓口が設置されていて、それが結構使われています。新法自体は2024年からの施行になりますが、現時点でも相談窓口は利用することができます。自分の権利や必要な対応についてアドバイスを受けることができます」

--ありがとうございました。

 自由な働き方を求めてフリーランスになったものの、仕事をもらう企業に振り回され、個人の判断で仕事ができないのであれば、元も子もない。不安な点がある方は、労基署などに相談してみることをおすすめする。

(構成=日向咲嗣/ジャーナリスト)


日向咲嗣/ジャーナリスト

1959年、愛媛県生まれ。大学卒業後、新聞社・編集プロダクションを経てフリーに。「転職」「独立」「失業」問題など職業生活全般をテーマに著作多数。2015年から図書館の民間委託問題についてのレポートを始め、その詳細な取材ブロセスはブログ『ほぼ月刊ツタヤ図書館』でも随時発表している。2018年「貧困ジャーナリズム賞」受賞。

提供元・Business Journal

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