何かが変わったのは、もうすぐ自分が還暦になると思った時でした。振り返ったら、自分の歩いてきた道が形になって見えたんです。その時、もうどこか違う場所に行こうとしなくてもいいんだと思いました。このままの自分ではない、別のものにならなければならないと思わなくていい。自分の居場所がわかりました。それは、どこかではなく、「ここ」だったんです。

お茶の稽古のおかげだと思います。 同じ八畳の稽古場に40年も座り続けて、同じ庭の景色をずっと見て、移り変わる季節の点前(てまえ)をしてきた中で見つけた「自分の座る場所」。その時やっと、自分の場所に迷いがなくなって、何を書くにも自分の色味で書けばいいのだと思えるようになりました。

年を取った時の自分を楽しみに生きてほしい

——若い人たちに向けてアドバイスをお願いします。

私は大学生の時、企業への就職活動にすべて失敗し、絶望しました。社会から、「おまえはいらない」と言われた気がしました。「私は何をやって生きていけばいいのだろう」と途方に暮れましたが、今になって思えば、あの時就職できていたら今の自分はない。企業に入れなかったからフリーライターの道を歩いたのです。何が、行くべき道に自分を運んでくれるかなんて分からないものです。

「自分に向いていないと思ったら、さっさと見切りをつけて別の道を探した方がいい」という人もいますが、本気で腰を据え、しがみつかなければ見えてこないものもあるのではないかと私は思います。

どんな道を選ぶとしても、いつかすっきりときれいな景色が見えて、「これでよかった!」と言える日が来るように、悔いなく精一杯生きて欲しいと思います。何十年かが過ぎた日の自分を楽しみに、長い目で今を生きてください。

インタビュイープロフィール

エッセイスト 森下典子さん 

1956年神奈川県生まれ。日本女子大学文学部日本文学科卒業。「週刊朝日」の人気コラム「デキゴトロジー」の取材記者を経て、エッセイストとして活躍。2018年、ロングセラー『日日是好日』が映画化される。同年、続編となる『好日日記』、2020年、『好日絵巻』を出版。他に『猫といっしょにいるだけで』『前世への冒険』『いとしいたべもの』『こいしいたべもの』『茶の湯の冒険』などの著書がある。