毎週、先生の家の門をくぐると、庭の木々の奥からつくばいの水音が聞こえてくるのです。その水音が聞えてきた瞬間から、私は日常とは違う世界に滑り込んでいきました。

床の間の掛け軸を拝見したり、お席に座って他の人のお点前を見たり、順番が回ってきて自分のお点前をしたり。開いた障子の向こうに青空が見えたり……。お釜から、柄杓(ひしゃく)でお水やお湯を汲んで、お茶碗に注ぐチョロチョロチョロという音に耳を澄ましたり。シャシャシャシャと、茶筅(ちゃせん)でお茶を点てる音を聞いたり。

私の前には「仕事」と「お茶」という2本の道があって、週に1回、「お茶の道」に行って違う時間軸を生きているのです。その時だけは、仕事の締め切りも、他人からの評価も、人生にしがらむ様々な悩みをちょっと脇に置いて、違う時間の流れる場所で、五感すべてで季節を味わうことができました。そして、稽古が終わると「今日も来れてよかったな」と深く呼吸しながら、高くて遠い空を見上げ、すがすがしい気持ちで帰る。そういう時間を過ごすことで、心が救われていた気がします。

日本を知るきっかけになる日本文化の総合芸術

——今はとくに忙しない日々のなかで過ごす人が多い気がします。

そういう人にこそ、お茶はいい時間になるのではないでしょうか。だって、お茶のお稽古中は少なくともスマホは触らない。スマホを見ずに3時間くらい座っていなければいけないですからね。それに今の世の中は、何でも手っ取り早く結果を求めるけれど、お茶は長い時間をかけて、自分で自分だけの答えを見つける世界です。どこまでお免状をいただいたとかではなく、自分のお茶を見つけるのです。

お茶会が大好きでお茶をしている方もいるし、陶器に興味があっていろいろな窯元に脚を運ぶ人もいらっしゃるし、書や掛け軸に興味を持つ方もいらっしゃる。 茶花が好きで自宅の庭を茶花畑にする人もいるし、茶の湯の歴史に興味を持つ方もいらっしゃる。茶室建築に興味を持つ方もいらっしゃる。