「サードプレイス」の意義

政府でも自治体でも「孤独・孤立対策」は熱心に行われてはいるが、コミュニティレベルでは近年商助の一環として「喫茶店」を活用する新しい試みが報告されている(松宮、2024:165)。

具体的には都市社会学の「サードプレイス」や「第三の空間」理論を応用して、「孤独・孤立」予防の観点から街の「喫茶店」をそれに見立てて、「コミュニティの結節点」にしていこうという動きが始まっている。

単身社会ではこれもまた「新たな暮らし方」の一部なのだから、従来の社会学的な研究成果であるコミュニティ論を活用すれば、政策対応にも有効な知見が得られるはずである。

喫茶店文化の政策的応用

これは東海地方特有の喫茶店文化をコミュニティ論に持ち込んだものであり、愛知県長久手市ではその試みが続けられてきた。

「大学をまちづくりに生かす」ために、学生たちを中心にした「食事会」が企画されて、単身の高齢者にとっての「サードプレイス」づくりも始まっている(同上:168)。

NPOだけが「共助」の柱ではない

『基本方針』では、「NPOとの連携」、「NPOの行う事業を支援する」、「NPO法人の活動促進」などが繰り返し書かれている。しかし「共助」の主体や仕掛けはNPOだけが受け持つのではなく、コミュニティのさまざまな機関や集団の働きにも目配りをして、利活用につなげておきたい。

たとえば「商助」の一環としての郵便局ネットワークの活用について、総務省が全国の市町村自治体に「何を期待するか」というアンケート調査では、「地域の安全・防犯・見守り」、「証明書発行などの行政サービス」、「防災・災害対応」がそのトップ3を占めた(原田、2024:10)。

これらもまた広い意味での「共助」に該当する。

(2)安全・安心で心豊かな国民生活の実現

安全・安心とは何か

まず安全・安心について抑えておこう。

安全は危険とは無縁な状態を意味すると仮定すれば、危険を構成する要因には、日常的な国民生活のレベルでいえば、事故、火災、自然災害、公害と環境汚染、犯罪、動植物などがあるので、それらから自由な状態こそが安全という理解になる。

『基本方針』の事例もまた、犯罪などから国民を守る治安、交通事故への対策と支援、詐欺などの犯罪の抑止と対処から国民を守る、食品被害防止、ハラスメントへの対策、花粉症対策、クマの出没防止、害虫への対処、新型コロナウイルスを始めとする感染症危機への対応などが網羅的に示されている。

『社会生活統計指標』にみる「安全」指標

一方、長い歴史をもつ総務省統計局『社会生活統計指標』の「安全」分野は、消防施設、消防活動、交通安全、交通事故・違反、防犯、犯罪、自然災害、不慮の事故、公害、保険に分けられてきた。『基本方針』のほうが「安全」指標では幅広いように思える。

どちらを選ぶにしても、「共助」だけではどうにもならない。むしろ、政府や自治体が中心にならざるを得ない消防、犯罪、自然災害、公害などもあるし、自助や互助により対応が進む交通安全・違反、防犯もあることから、やはり五助すべてを『基本方針』に含むことが求められる。

文化芸術・スポーツ

「安全・安心で心豊かな国民生活の実現」に、なぜ「文化芸術・スポーツ」が含まれるのかよく分からない。

もちろん「国民生活」の一部にこの両者も構成要素であることはいうまでもない。しかしその政策内容は、国立劇場の再整備、メディア芸術ナショナルセンターの拠点整備、新国立劇場の機能強化、博物館・美術館など、総じて箱ものへの言及に終始している。書店の活性化も書かれてはいるが、具体策があるわけではない。

スポーツでも、スタジアム・アリーナの整備・活用、総合的・複合的な施設整備、スポーツDXなどが羅列されたにとどまる。

芸術やスポーツによる社会活性化

文化芸術でもスポーツでも積極的な実践者は国民のうちどれくらいいるのだろうか。

2019年の厚生労働省「国民健康・栄養調査報告」によれば、20歳以上で「運動習慣のある人の割合」は、男性が33.4%、女性が25.1%になっていた。ここで言う「運動習慣のある人」は、1回30分以上の運動を週に2回以上実施し、1年継続している人」と定義されている。

予想以上に多く感じるが、それでも男女ともに70%程度は非該当なのだから、本気で「地方創生、経済成長、健康増進などスポーツによる社会活性化を図る」(:31)つもりならば、義務教育段階から音楽、美術、技術家庭、体育の時間を増やさないと成功しない。

高校入試科目の見直しを

そして、この一番の特効薬は高校入試の科目にこれらを復活することである。

日本でも団塊世代を挟んだ前後7年間だけ高校入試は、いわゆる主要5科目にこれらの4科目を加えた9科目で行われていた。だから、音楽の基礎的知識や色の三原則、いくつかの好みのスポーツルールなどは知っている。それらが50年後の高齢者の「生きがい」の8割程度を担うのである(金子、2014:219;2023:228)。

高齢者の生きがいの源泉は音楽、美術、技術家庭、保健体育のどれか

しかしながら、直後の「3. 主要分野ごとの基本方針と重要課題」に置かれた「(3)公教育の再生・研究活動の推進」では、義務教育の科目見直しや入試科目の再点検には全く触れられず、「質の高い公教育の再生」のみが繰り返されたにすぎない。

教師の働き方、働く時間、クラス編成、給与、管理職手当、地域との連携、食育なども重要ではあろうが、30%を超える高齢化率が30年くらい続くことを考えると、高齢者になってからの「生きがい」の柱となる音楽、美術、技術家庭、保健体育の見直しと高校入試科目への復活こそが、「全世代」を巻き込む「質の高い公教育の再生」に直結するのではないか。

このように、義務教育段階からも「幸せを実感できる『包摂社会』の実現」は可能である。「骨太の方針」でも、その「包摂」の内容と方法について再考を期待したい。

【参照文献】

原田亮介,2024,「人口減少と郵便局ネットワークの役割」『JP総研Research』vol.66 JP総合研究所:4-13. 金子勇,2014,『「成熟社会」を解読する』ミネルヴァ書房. 金子勇,2023,『社会資本主義』ミネルヴァ書房. 松宮朝,2024,「エイジングとコミュニティ社会学」 金子勇編『世代と人口』ミネルヴァ書房:123-178 三重野卓, 2023,「福祉ニーズと共生・協働の論理」三重野卓編『福祉と協働』ミネルヴァ書房:1-50. Pappenheim,F.,1959, The Alienation of Modern Man, Monthly Review Press.(=1960 粟田賢三訳 『近代人の疎外』岩波書店) Seeman,M.,1959,‘On the Meaning of a Alienation’ American Sociological Review Vol.24:783-791. 高田保馬,1949=1971=2003,『社会学概論』ミネルヴァ書房(新版).