高齢化や人口減少などがますます問題視される今、各地方自治体などはその政策としてさまざまな“地方創生”に乗り出しています。
信州大学が2018年に開始した『信州100年企業創出プログラム』は、単に移住者を増やすことを目的とはせず、企業の抱える課題を解決する人材を募集し受け入れるという、地域社会の未来を見据えた革新的な取り組みです。
その背景には一体どんな仕組みが隠されているのか。信州大学の林靖人准教授にお話しを伺いました。
ーー林靖人(はやしやすと) 信州大学准教授。修士課程在学中から大学発ベンチャーの立ち上げに参画し、社会調査や行政計画等の策定に従事。信州大学産学官連携・地域総合戦略推進本部長、キャリア教育・サポートセンター副センター長として研究・教育に関わりながら、地域貢献活動として地域の地方創生総合戦略等の策定や地域活性化活動に多数関わる。 |
「研究」の先に「移住」という選択肢が出てくる
川西 :そもそも、信州100年企業創出プログラムとは一体どんな取り組みなのでしょうか?
林 :首都圏などで高度な専門性を持って活躍している人材を、信州大学の「リサーチ・
フェロー(客員研究員)」として受入れ、受入企業の課題解決と持続的成長のシナリオ
作成に挑戦する取り組みです。すでに今年度の受け入れも開始しています。
川西 :なぜ、地方創生についてのプログラムを実施しようと思ったのですか?
林 :私の専門は元々心理学だったのですが、心理学って「人間はどうやってものごとを考えて行動しているか」っていうのを測定する学問なんですね。でもいつも測定で終わってしまうんです。自己満足で終わらせるのではなく、これを社会に役立てられないか?っと思ったのがきっかけですね。
川西 :“地方”の抱える課題はどこにあると思われますか?
林 :「一番まとまらない」ことですね。企業であれば、社長がいて、幹部がいて、部下がいてっていうかたちで縦に展開して、意思統一されていますよね。でも、『地方』には意思をもった人がバラバラにいるので、みんなでひとつのことをやるのってものすごく大変なんです。そういった組織を上手く動かすための仕掛けを作るのって実は一番ハードルが高いんです。
川西 :信州100年企業創出プログラムにも、心理学的な要素が入っているのですか?
林 :まさにたくさん入っています。例えばこのプログラムでは、応募者に対して、「移住してください」とは言ってないんです。長野県にちょっと面白い企業や、すごいことやってる企業があるんですが、研究に来ませんか?って言ってるんですよね。
川西 :なるほど!「移住してください」よりも行った先でのイメージもしやすいし興味も湧きますね。
林 :大学の研究員になって研究してみませんか?って言うと、自分でアカデミックなチャレンジをしてみたいという思いを持つ、首都圏にいる優秀な人が集まるんですね。そういう人にとっては、移住しませんか?ではなくて、研究してみませんか?っていう言葉のほうが興味を持ちやすいんです。そして、6ヶ月間長野に来て研究に取り組んだ結果、おもしろくなってきて、住んでやってみよう、となっていくんです。
川西 :巧妙な心理テクニックがあるんですね!
林 :あんまり、言い過ぎると詐欺みたいに聞こえてしまいます(笑)。ただ、単純に移住してくださいではく、おもしろいと感じてもらえる仕掛けを作ることがポイントになっているのは間違いないですね。
100年先のあり方のために、今できること
川西 :信州100年企業創出プログラムでは、どのような人を集めようとしているのですか?
林 :このプログラムでは一騎当千、つまり『ひとりで千人分の力が発揮できる人』を求めていたんです。大事なのは、ただやるのではなく自分で工夫をして、挑戦したりしながら新しいことを生み出したいという思考のある人です。
川西 :実際にマッチングした企業ではどんなことをされるんですか?
林 :お願いしているのは、100年先の企業や業界のあり方を考えるのと同時に、今そこに向かうために現場でできることをやるということです。山に例えるならば、『なりたい会社のイメージ』が頂上で、そこに向けた登山ルートとその登山口、のふたつを作るのがミッションです、とお伝えしているんです。
川西 :たしかに、登山ルートがないと頂上は目指せませんね。
林 :頂上は誰もわからないです。なので今あるいろんな情報から山のかたちを推測する、という作業をしつつ、その山に登るためには今どんなことを始められるか、というスタートを決めることからやっていただく。という流れですね。
川西 :実際にはどのような事例がありますか?
林 :長野県には40年以上続く板金の会社があるのですが、新しいことをやっていきたいということで、3D金属プリンターを買ったんですね。でも、それを使える人がいない、営業でそれをうまく説明できる人がいないという状況だったんです。なので、そういった知識がある研究員に入ってもらって、それが会社のビジョンとどうリンクするのかを考えるというミッションにあたってもらいました。
川西 :企業はどう変化しましたか?
林 :これまで数百人の来場だった展示会の来場者が、1000人くらいに増えました。3D金属プリンターを事業にどう役立てるかだけでなく、新しい金属を人間社会の中にどう位置づけるか、というとても大きなことを考えながら研究員は動いています。
外部からの刺激が新たなひらめきを生む
川西 :やはり地方企業にとって、外からの視点が必要なのでしょうか。
林 :人間は毎日同じ人に囲まれて仕事をしていると、だんだんルーティンワークになってきてしまうんですよね。僕も周りにずっと変化がないと、視野が狭くなっていってしまいます。だから、常に自分と違うタイプの人が周りにいることが理想なんです。
川西 :林准教授自身もその活動を通していつも多様な人達と接点を持っているんですね。
林 :企業もまったく一緒で、知識と知識が結びつかないと新しいことって絶対生まれないんです。外から人が来ることで、中の人に刺激が起こるし、違うものが生まれます。つまり既存のものが結びつくことで『ひらめき』が起こるんです。
川西 :長野県の企業に感じた課題はどんなところですか?
林 :長野県で100年続く企業って900社くらいあるんですよ。なんですが、その多くが、“増えることをベースとした社会システム”の上で成り立ってきました。
川西 :増えることをベースとした社会システムですか?
林 :はい。私たちは人口がずっと増加する社会を生きてきました。でもこれからは人口は減少していきます。これは今まで誰も経験したことがない流れです。企業拡大や、人を増やすことを繰り返してきた企業は、『数には頼らない仕組み』が必要となってきます。すごくわかりやすい例でいうと、AIを搭載して人がやっていたことをロボットに切り替える、であったりとか。人に依存しないスタイルをつくるということですね。「本当にやるべきことは何なのか」を考えて、切り替えていく作業をしなくてはならないんです。
川西 :企業にとって必要な力は何でしょうか?
林 :時代の変化に柔軟に対応できる適応力と、新しいことに取り組む挑戦心ですね。変化に対応できる企業になっていかないと、長野県だけではなくて日本が、世界が沈没していきます。
リカレント教育で、学びが循環するシステムをつくる
川西 :研究員として活動される方々にはどのような志しがあるのでしょう。
林 :ジョブチェンジして信州に関わってみたいという人。チャレンジングな仕事がしたいという人。信州大学の教育に関わっていきたいと思ってくれる人ですね。
川西 :実際にプロジェクトを経験された研究員の方からはどのような声がありますか?
林 :運営側に入って、企画をしたい。という声がありますね。実際に研究員としてだけでなく、教える側にもなったり、というケースもあります。
川西 :プログラムの継続と発展が予想できますね。
林 :他大学でもこのプログラムを実施することが決まっていて、信州大学がそのモデルケースとなっていっています。これはまだ入り口なので、来年度以降もまずは継続して展開していきたいですね。
川西 :次のステップとして何か考えていることはありますか?
林 :『リカレント教育』として、研究員の方々には大学での学びの時間を作っていて、そこで学んだことをマッチングした会社の中へ還すのを絶対条件としています。そして今度は、次の時代の人たちのために授業をやってくださいというのが次のステップです。次世代に繋がるように人材を生み出すことが必要だと思っています。
川西 :そのような仕組みを作ったのにはどんな想いがあったのでしょうか。
林 :大学の中ってテキストベースの知識はたくさんあります。でも、実践ベースの知識を持っている人ってそんなに多くないんです。やはり実際体験してみないと現場で使えるものにはなりません。こういった学びはテキストにできないので、何が必要かというと、その学びを体験できる場所を大学の中に用意することです。
川西 :インターンシップもそれに近いですね。
林 :そうですね。インターンシップ以外にも方法を増やせないかと考えています。そのために、企業の現場を活用できる仕組みを用意し、そこで企業と研究員が一緒に学んで行く。それがプロジェクトとなり、教える側の人材が生まれる。今は、『100年教員』という外部教員制度をつくり、こういった循環を作ろうとしています。点でしか動いていなかったことを、線にしていく必要がありますから。
文・川西里奈/提供元・Fledge
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