報道できない「呪縛」のようなもの

――「テレ朝の呪い」とは何か。

水島 私はテレビの報道現場の記者兼ディレクターをしばらくやっていたところから退職し、大学教授になって今年で12年目になります。現在も各テレビ局のニュース番組や報道番組、情報番組を欠かさずウォッチするのを日課にしています。各局の報道内容を比較しながら、それぞれの報道姿勢などを記録・分析するのが役割だと自任していますが、テレビ朝日は他局が一斉にジャニーズの性加害問題を特集する状態になっても、看板番組である2つのワイドショーで扱わないという、異常ともいえるような「沈黙」を貫いてきました。特に国連人権理事会の専門家たちが記者会見して「タレント数百人が性的搾取と虐待に巻き込まれた」と発表した時に、被害者である元ジャニーズJr.の人たちが泣いて喜ぶ姿もあったのに、その直後にも完全な無視を決めこみ、報道しませんでした。

『モーニングショー』は同時間帯の視聴率ではトップを走るテレ朝を代表する超人気の情報番組です。新型コロナウィルスの感染防止対策、東京五輪をめぐる談合、ウクライナ侵攻、中国、北朝鮮、ビッグモーター、旧統一教会など、ときどきの旬のテーマを映像で見せて、パネルで論点を整理し、コメンーターの玉川徹氏らによる歯に衣着せない論評がお茶の間で人気を博しています。

 ところがジャニーズの問題についてはまったく触れない。番組を見る限り、不自然なほど扱いません。『ワイド!スクランブル』も同様です。藤島社長の謝罪動画も国連会見も、どちらも1週間で最大のニュースといっても過言ではない内容で、他局のほとんどの情報番組がトップで扱っていたのに、なぜか扱わなかった。よほど扱いたくない事情があるのだろうと思いました。2つの番組とも、どちらかというと堅苦しさが残るニュース番組とは違い、ワイドショーという時間をかけてフランクに議論する形式を生かして、さまざまな角度から議論する番組です。ときにはNHK以上にジャーナリスティックに斬り込む側面があります。

 それなのに、あえてジャニーズ問題だけは報道しない。見ていてもかなり不自然でした。まさに「マスメディアの沈黙」を代表するような「テレビ朝日の沈黙」といっていいくらい。ですから、何か報道したくない、あるいは報道できない「呪縛」のようなものがあると考えて「テレ朝の呪い」と名付けました。

――その呪いはテレビ朝日にかかったままなのか。

水島 一部でいわれるように、テレビ朝日が『ミュージックステーション』という長寿の音楽番組を抱えており、ジャニーズ事務所と抜き差しならない関係になってきたゆえの忖度、そして社内の上層部に利害関係者が少なくないがゆえの忖度が背景にあると見るべきでしょう。その程度がどれほど強いものなのかは、社内にいる幹部クラスじゃないとわからないと思います。ただ、放送されている番組の内容を視聴者として見ているだけでも、外形的に想像することは可能です。ふだんは独自の調査報道を進めて「攻める報道」で定評があるテレビ朝日の報道番組や情報番組が、この問題だけはまったく扱わないで沈黙している。あるいは、たまに扱ったとしても記者会見などで発表される範囲内という必要最小限の報道内容にとどめています。外形的に見ても「不自然さ」が目立つのです。今回、「マスメディアの沈黙」が性加害の隠蔽に加担したと特別チームから指摘されましたが、それを絵に描いたようなものが「テレビ朝日の呪い」です。

 再発防止特別チームが調査報告を発表した翌日の8月30日、『ワイド!スクランブル』がジャニーズの問題を特集しました。初めてのことです。他局の番組同様に長時間の特集VTRを放送した後に、スタジオで出演者たちがコメントしていました。ごく当たり前のことですが、その当たり前がこれまではできなかったのです。では、この放送でテレビ朝日にかかっていた「呪い」が解けたのかというと、実はまだはっきりしないところがあります。中途半端だからです。