■スペイン旅行で転機が訪れる
解読作業に21年を費やした時点で、本の内容のアウトラインが徐々に浮き彫りになってきたものの、それでも完全に理解するにはまだほど遠い状態であった。
業を煮やしたニコラスは、当時多くのユダヤ人亡命者が住んでいたスペインへの旅に出ることにした。スペインにいるユダヤ人たちから何かヒントが得られるのはないかと考えたのだ。
スペインへの旅行中にニコラスはユダヤ人の学者であるマエストロ・カンチスという賢人に接触することができた。
カンチスはこの本はずっと前に前の持ち主が紛失したものであり、書かれている秘密のために運命づけられた人の手に渡るものであると説明した。
賢人はニコラスが持ってきた「アブラハムの書」の数ページを翻訳した後、残りの部分を手伝うために彼と一緒にパリに戻ることに同意した。不運なことにカンチスは翻訳を完成させる前に亡くなってしまったのだが、この時点のニコラスは自分で解読を続けるのにじゅうぶんなスキルを獲得していたのだった。
伝えられるところによると、ニコラスは翻訳を完了するのにその後3年を費やし、その過程でその強力な魔法の力を解き放ったといわれている。
その1つは錬金術である。彼は錬金術を習得し伝説の“賢者の石”を作る秘訣を学んだと言われている。錬金術は鉛や水銀などの卑金属を金などの希少金属に変える秘伝の技法だ。
興味深いことに、この時期になるとニコラスは突然、不可解なほどに富裕になっていたという。彼と彼の妻はさまざまな慈善事業に巨額のお金を寄付するようになり、教会にも寄付をするようになっていたのだが、このお金のすべてがどこから来ているのか誰にもわからなかった。フランスのシャルル6世は、突如富裕になったニコラスを疑い職員に財政状況の調査を命じたが、この富を説明できるものは何も見つからなかったという。
そして住民台帳の記録上はニコラスは1418年に88歳で亡くなり、それからはニコラスの話をする者は誰もいなくなる。