「信じがたいというレベル」「理由が思いつきません」

 建設事業者が大規模な建物を建設する場合、一般的にどのような段階を踏むのか。不動産事業のコンサルティングを手掛けるオラガ総研代表取締役の牧野知弘氏はいう。

「事業者は着工前に、近隣住民や自治会、商店街組合などへの説明を行い理解を求めます。電波障害など物理的な被害を被る方には一定の補償をしたり、『小さな子どもたちの通学路なのでトラックの出入りには注意してほしい』といった要望に対し『こういった対策を行います』と提案するなど、できるだけ丁寧な説明と対応に努めます。加えて建設予定地に『建築計画のお知らせ』の標識などを一定期間掲示して意見を募りますが、反対の声がゼロということはあり得ないので、事業者は行政上の手続きを適正に行った上で、地域への説明は一定程度尽くしたと判断した段階で着工します」

 引き渡し直前に解体するというケースは、しばしば起こるものなのか。

「横浜の傾斜マンション問題(2015年)のように竣工後に住民が入居して一定期間経過後に施工不良が発覚して建て替えるというケースは稀にありますが、今回のように引き渡し1カ月前に解体を決定するという事例は聞いたことがありません。信じがたいというレベルで、不動産業界関係者であれば『何か別の理由があるのではないか』と考えてもおかしくはありません。もし仮に事業者が見切り発車的に着工して何らかの理由で建設をやめる場合でも、もっと前に判断するものなので、引き渡し直前にはならないはずです。

 竣工後に住民から訴訟を提起されたとしても、行政上・法令上のルールに沿って適切に手続きを行っており、建物の欠陥などもなければ、裁判で事業者が負ける可能性は低く、住民訴訟を恐れたとは考えにくいです。売買契約締結後に売主側の理由でキャンセルとなる場合、売主は買主が支払った手付金を倍返しする決まりになっていますが、ここまで直前となれば買主から損害賠償を求められる可能性もあり、そうしたリスクを負いつつ多額の損失を発生させてまで解体するというのは、理由が思いつきません」(牧野氏)