東京・国立市のほぼ完成済の新築マンション「グランドメゾン国立富士見通り」について、建設事業者の積水ハウスが来月の引き渡し開始を目前に控え解体を決定するという異例の事態が起きている。周辺住民から景観の悪化などを理由に反対の声があがっていたとのことだが、建設事業者の積水ハウスは、建物の構造上の問題や法令違反はないと説明。業界関係者からは「前代未聞」「もう事業者は怖くて国立市にマンションを建てられなくなる」といった声も聞かれる。なぜ、このような事態が起きたのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。

 同マンションは、国立駅の南口から南西に延びる「富士見通り」沿いの物件。一橋大学に近い閑静な住宅街に建ち、10階建てで1戸あたりの専有面積は約65~75平方メートル、分譲予定価格は7200万円~。部屋からは富士山を眺望できる点が魅力の一つだ。

 マンション等を建設する際、事業者は管轄する特定行政庁などに建築工事届などを提出して建築確認申請し、審査を受けて確認済証の交付を受ける必要がある。さらに建設途中でも中間検査を受けて中間検査合格証の交付を受け(3階建て以上の共同住宅の場合)、工事完了後は完了検査申請をし、検査済証の交付を受ける必要がある。これらに加えて国立市では、国立市都市景観形成条例の大規模行為の届出制度に基づき、着工前に市に対し届出を行い認可を受ける必要があるが、積水ハウスは行政手続き上は問題なかったとしており、これらの手続きは適正に行っていたとみられる。

 国立市 都市整備部 都市計画課はいう。

「本事業は、市の都市景観形成条例とまちづくり条例が適用される規模でしたので、着工前に当該条例に基づく届出をしていただいております。まちづくり条例の手続きにおいて、事業が廃止となった場合には廃止届の提出が規定されており、今般、事業者の都合により、その規定に基づき廃止届が提出されたという経過です。なお当該物件の建設の認可は、市では行っておらず、建築基準法に基づく建築確認は、東京都または確認審査機関にて許可を受けることとなります」

国立市まちづくり審議会で景観を損なうとの指摘

 国立市はマンションなどの大規模な建物を建設する事業者に“厳しい”ことで有名だ。市は「国立らしい景観を守り育て未来に引き継ぐ」などと定めた「国立市 景観づくり基本計画」を策定し、施策として「良好なまちなみ・景観の保全」「地域特性を活かしたまちなみの形成」を掲げている。1997年には国立市都市景観形成条例を制定し、建物の建設について景観への配慮を義務付けている。市は「周囲に比べ高さや大きさのある建築物の景観的工夫」として「大規模な建築物の建築を行う際には、関係者と連携・協働し、周辺の景観と調和するよう誘導します」としている。

「国立には、学園都市構想の中で意図してつくられた富士見通りのすばらしい眺望や、文教地区のまちなみを見通すことのできる国立駅前からの眺めなどがあります。このような優れた眺望景観は、国立の景観を構成する大きな要素となります」(「国立市景観づくり基本計画」より)

 かつて国立市ではマンション建設をめぐって住民と建設事業者が対立し、訴訟に発展したことがある。2001年に完成した一橋大学の南に位置する「クリオレミントンヴィレッジ国立」について、住民らが高さ20m超の部分の撤去と慰謝料を求めて、事業者の明和地所を相手取り提訴。原告が敗訴した。

 今回解体が決まったマンションは、市が「景観上重要な道路」と定める「富士見通り」沿いに建つが、この通りは、優れた眺望景観を有する「視点場」からの眺望対象にも定められている。

「国立市の資料を見ると、富士見通りは『近隣商業地域』にも指定されており、建物の高さは31メートル(10階建て)もしくは28メートル(9階建て)に制限されている。今回の物件は10階建てなので、建設事業者は市に届けて法令上は問題なしと判断されていたのだろう。ただ、写真を見ると建物は国立駅側からの富士見通りの眺望に突き出る形で建っており、以前は全体が見えた富士山を半分くらい覆っている。国立市では『周囲の建築物から突出した形状や色彩』は禁じられているので、この規則に抵触すると判断される可能性はある」(東京都内の区職員)

 今回のグランドメゾン国立については21年6月に開催された国立市まちづくり審議会で景観を損なうとの指摘がなされ、積水ハウスは11階建てから10階建てに変更。23年1月に着工し、一部の住戸はすでに契約が成立し、今年7月から引き渡しが始まる予定だった。つまり、同社は法令に則り手続きを進めて、ハードルをクリアしてきたということになるが、同社は今月に入り市に事業の廃止届を提出し、その理由について朝日新聞の取材に対し「景観も含め周辺への影響の検討が不十分だった」(7日付け同紙記事より)としている。