”司馬史観”の歪みはどこにあるのか?

こんにちは、経営コンサルタント兼思想家の倉本圭造です。

今回は、最近「坂本龍馬は史実では大した事をしていない」という話がちょいちょいネットの噂話で聞かれるようになってきて、実際のところどういう感じなのか興味あったので調べてみる記事を書きたいと思っています。

あと、織田信長も、「実は信長は常識人で、長篠の戦いの鉄砲三段打ちとかもなかったと言われていて」みたいな話を聞くんですが、なんかこういう「時代に応じて認識が変わっていく」のは、どういう意味があるのかを考えてみたいんですよね。

もちろん、新しい研究成果が出てきて、という事もあるんですが、その細かい史実の積み重ねが「ひとつの像」を形成するにあたっては「その時代のニーズ」も大きいですよね。

例えば足利尊氏が、明治時代以後いわゆる「逆臣」の扱いを受けて低い評価だったのが、戦後になって再評価され、寛大な人柄や実質的な業績の再評価がなされることになったりした。

最近の「龍馬は大したことしてない」「信長は案外常識人」みたいな話が出てきている「社会背景」みたいなのも逆に考えたいと思っています。

1. いつのまにか「うさんくさいヤツ代表」みたいになってしまった坂本龍馬

2010年の大河ドラマで福山雅治さんが坂本龍馬を演じていた頃は、時代的に「坂本龍馬評価がすごく高まってた」時期だったと思うんですよね。

その頃に計画されて色々あって2012年2月に出た私の最初の本もその時代の雰囲気に押されて、両親が鹿児島出身の編集者の人が「この方向で行きましょう!」と提案してくれて、『21世紀の薩長同盟を結べ』というタイトルになっていたんですが・・・

その頃は僕も坂本龍馬が大好きだったんですが、それから時間がたつにつれて僕個人の中でも「坂本龍馬への熱気」が冷めてきたな、と感じる部分はあってですね。

同じように感じてる人って多いんじゃないかと思っていて、ちまたの坂本龍馬の評価ってこの十数年ですごい下がった感があるというか、「うさんくさいやつの代表」みたいな印象(笑)になってしまってるところがあると思うんですね。

たとえば龍馬の名前を使ったノンアルコールビールがあって↓、僕は40代になってから体質的にお酒がどんどん飲めなくなったけどビールの味は好きなので、お店とかでみかけるとよく飲んでるんですが…

【国産無添加】日本ビール 龍馬1865 [ ノンアルコール 350mlx24本 ]

これ↑味はすごい美味しいので休肝日の家飲みにもおすすめなんですが、上記リンク先のアマゾンレビュー欄に以下みたいなのがあるんですよ(笑)。

ネーミングで手を出すのを控えてしまっていた…… 添加物が無く、麦とホップだけでこしらえているのが良い。なかなかしっかりした味わい。(中略) まず、坂本龍馬好きにロクな奴はいない、と感じてもいて、龍馬なんてじぇんじぇん好きじゃない私は今尚コレを買うのには抵抗がある😉

要は「味はいいけど名前がねえ」・・・ってそんなイヤかっていう(笑)

こういう「龍馬に関する世間一般の評価の変化」と、「坂本龍馬は大したことしてない」という説が流布するのも表裏一体なところがあるように思うんですね。

「学説を覆す地味な発見」自体は独立にあったとしても(ただしここの部分も実は本質的にはそれほど”完全に独立”には起きない現象のように個人的には思うのですが)、それが広い範囲に「受け入れられる」プロセスは世の中の風潮がバックアップしているのは間違いない。

で、最近アベマTVで「坂本龍馬は大したことしてない」っていうテーマの回があって、YouTubeにオススメされてついつい見てしまったんですが、この番組全体を見ても「通説は間違ってるんですよ!」って連呼するだけで結局史実の坂本龍馬がどういう感じなのか全然わからなかったんですね。

なので、この加来耕三さんが書いた以下の本を読んでみたんですが…

『坂本龍馬の正体』

ただこの本↑、全体の7割ぐらいは勉強になったけど、ところどころ坂本龍馬は剣術を習ってないとか、他の研究者が誰も言っていないことを結構簡単に断言してたりぶっちゃけちょっと信用できない感じの記述も結構あって(笑)

そもそもこの加来耕三氏は「龍馬ブーム」の時にはめっちゃ「龍馬アゲ」の本を書いてた人らしいんで(笑)やっぱりアカデミックな歴史研究者じゃない「歴史家」さんってヤバいのかな、という感じもしたので、もう一冊、こっちは本式の「学者さん」の書いた以下の本↓も読みました。