「バックキャスティング」をやめて予算制約を考えるとき
このように話が行き詰まるのは、最初に「2050年カーボンニュートラル」という非現実的な目標を設定し、そこからバックキャスティングで電源構成を決めるからだ。これはIEA(国際エネルギー機関)のビロル事務局長の考えたトリックで、まずできるかできないか考えないで目標を決め、そこからコストを逆算する。
2021年に出したネットゼロ報告書では「化石燃料への投資をやめる」などの大胆な提言がおこなわれたが、そのコストはどこにも書いてなかった。その翌年になって全世界で毎年4兆ドル、そして昨年になって4.5兆ドル(720兆円)という数字が出てきた。
これは桁が大きすぎてよくわからないが、世界のGDPの約4%だから、日本に比例配分すると25兆円。消費税10%に匹敵する。世界中の化石燃料とその設備を全部捨てるのだから、膨大なコストが発生するわけだ。
それによって日本だけがカーボンニュートラルを実現したとしても2100年までに世界の気温が下がる効果は0.01℃以下である。グローバルにパリ協定の費用と便益を比べると、次の図のようになる。
4.5兆ドルの利益に対して26.8兆ドルのコストという事業計画がどうやっても成り立たないことは、ビジネスマンならわかるだろう。普通の会社のようにまず予算制約を考え、その範囲でやるべきだ。こんな非効率な事業に毎年25兆円も出すのはバカげている。
「気候工学」なら脱炭素化の1/200のコストで冷却できる企業ならまず考えるのは、コストを節約することだ。膨大な化石燃料を捨てて温室効果ガスを減らす緩和より、インフラを整備して洪水などの被害を減らす適応のほうがコストが安い。
もう一つは大気中にエアロゾルや水蒸気を拡散する冷却である。最近の研究でわかってきたのは、地球温暖化の原因として温室効果ガスと同じぐらい、大気汚染の改善によるエアロゾル減少の影響が大きいことだ。これを防ぐには、大気中にエアロゾルや水蒸気などを増やせばいい。
その技術は単純で、コストは桁違いに安い。飛行機から成層圏に硫黄酸化物の粉末を散布する成層圏エアロゾル散布(SAI)のコストを計算したハーバード大学のSmith-Wagnerによれば、2100年までに地球の平均気温を1℃下げるコストは、最大でも毎年190億ドル(約3兆円)。これは脱炭素化の1/200以下である。その効果は火山の噴火で実証されている。