将来への展望についての議論の仕方

第5章全体が本書の結論である「人間らしく生きられる社会へ」にあてられている。そこには、大河内一男、宇沢弘文、大内兵衛などビッグネームからの「スローガン」の引用がなされている。

どれも立派なものであるが、元来「人間らしく生きられる」とは人それぞれに意味合いが異なるから、約130年も前にプレハーノフが記した、「人間は、それぞれその人に応じた哲学をもつ」(プレハーノフ、1898=1958:17)もやはり正しいであろう。

ヨーロッパの事例紹介だけでは済まない

ましてや日本の「未来のシナリオ」(:241)を論じるのに、フランスのアルザスロレーヌのストラスブールを紹介して、知識集約産業が花開く(:219-221)といったり、ドイツのルール地方事例として、「公園のようなランドスケープを創り出すとともに、住宅を整備し、生活環境を整えていく」(:222)と紹介するだけでは説得力に欠ける。

なぜなら、「新しい意味のある観点を開示するのは、新しい問題が、新しい方法をもって探求され、そうすることによって真理が発見されることにある」(ウェーバー、1904=1998:64)からである。

人口規模だけではなく、歴史、文化、経済、エネルギー事情、食料事情、政治形態、教育システム、税制などの相違が際立つフランスやドイツの事例は貴重だが、それが直ちに日本の未来の「教訓」になるとは限らない。

社会指標研究史は60年を超える

さらに「経済指標から社会指標へ」(:222)だけの掛け声ではなにも変わらない(金子、2023:131-148)。なぜなら、「社会指標」だけ取り上げても、そこには60年におよぶ膨大な研究史があるからである。

「国民総幸福」だけでは不十分

ましてや「幸福度」「国民総幸福」(Gross National Happiness)を持ち出して、ブータンを紹介するのは中谷(2008)と同じになる。なぜなら、ブータンは国連の「人間開発指標」(HDI)では不可欠の「識字率」では52.8%に止まり、世界ランキングでは202位になっていたからである。

このデータは2005年のものであるが、日本の「識字率」はこのとき99%に達していた(金子、2023:247)。この「識字率」ギャップをどう判断するか。

さらに「『幸福度』という新しい社会指標を社会目標として、地域社会を運営していこうとする基礎自治体、つまり区市町村が急速に広がっていく」(:224)といわれたが、これに該当する区市町村は1716自治体のうち78自治体なので、2023年5月現在では、4.5%(78/1716)にすぎない。

この数値をどう評価するか。私にはとても「急速に広がっていく」とは思えない。

三つの未来像を踏まえる

最後にアーリのいう「起こりそうな未来、実現可能な未来、望ましい未来という三つの未来像の区別が必要である」(アーリ、2016=2019:26)を前提にして、「本書の基本的信念」として、「経済、社会、政治という三つのサブ・システムを財政が調整して、社会統合を果たしていく」(:244)についても、さらなる具体的な展開がほしいことを指摘しておこう。

 

【参照文献】

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