■原爆開発成功が歴史を変えた
第二次世界大戦は、ヨーロッパでは1945年5月に連合国の勝利で終わったが、太平洋戦争まだ続いていた。
ソ連のスターリンは、2月のヤルタ会談での密約に従って、対日参戦準備を進め、4月5日には、日ソ中立条約の不延長を日本に通告した。
7月17日、ベルリン郊外のポツダムで、チャーチル首相、トルーマン大統領、スターリンによる協議が始まった。ポツダム会談である。
太平洋戦争で日本と継戦中のアメリカは、ソ連が対日戦に参加してくれることを希望していた。ところが、先述したように、7月16日にアメリカは原子爆弾の実験に成功し、それがトルーマンに伝えられた。トルーマンは、原爆を使えば、ソ連の助けなしに日本を屈服させることができると考えるようになる。
日本がソ連を通じた和平工作を行っているとの情報を得たアメリカは、その工作が実現する前に日本に無条件降伏を突きつけることが必要だと判断して、7月26日にポツダム宣言を発表したのである。
トルーマンは、日本がすんなりとポツダム宣言を受託するとは思っておらず、さらなる圧力手段として、8月6日に広島に、9日に長崎に原子爆弾を投下した。そして、8月15日、日本は無条件降伏した。