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顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久

「日本国憲法は日本国民の思考を他の諸国民の思考から隔離し、日本が国際的な責任を果たせないようにしているため、アメリカはその改正を促すべきだ」――アメリカにはこんな意見が何十年も前から存在してきた。

そのアメリカを岸田文雄首相が4月10日に訪問し、日米同盟の強化などを米側と協議する。だが日本側の防衛政策をなお大きく自縄自縛のように抑えつけているのは憲法上の規制なのだ。

アメリカ側では長年、日本に対して憲法を変えて、対米同盟でより公正な貢献のできる普通の国家になってほしいという期待が広範に根を広げてきた。岸田首相はこの訪米を機に、米側のそうした思潮を真剣に認識すべきである。

私はワシントンを拠点とする長年の報道活動でアメリカ側が日本の憲法をどう考えているかに注意を払ってきた。日本の憲法のあり方にはアメリカ側の動向が重要である。なぜなら第1にいまの日本国憲法はアメリカ製である。第2には日本が憲法の規制で普通の国並みの防衛ができない部分を補ってきたのはアメリカだからである。

アメリカが日本を占領した時代の1946年2月に作成した日本国憲法では最大の目的は「日本を永遠に非武装にしておくこと」(憲法起草実務責任者のチャールズ・ケーディス米陸軍大佐の証言)だった。だから普通の独立国家なら自明の軍事力行使の権利は禁じられていた。日本の軍事強国化をとにかく抑えるという方針からだった。その後、曲折があったが、1990年頃からは日本が改憲して、日米同盟でも双務的な普通の同盟相手になることを期待する意見がアメリカ側の主流となった。

そうした日本の改憲を求める意見が公開の場で、きちんとした文書で発表された初めての例は私の知る限り、1992年だった。ワシントンの保守系の大手研究機関、ヘリテージ財団が同年6月に公表した「日本の民族精神の再形成・アメリカはより責任ある日本の創造にいかに寄与できるか」と題する政策提言書だった。

この時期、日米関係はかなり悪化していた。前年の1991年のイラク軍のクウェート占拠に対してアメリカ主導の有志諸国31ヵ国が多国籍軍を編成して戦い、イラク軍を撃退した。その際に日本だけは自衛隊はもとより一切の要員を送らず、巨額の資金だけを出した。その態度は「小切手外交」として非難された。日本は憲法が集団的自衛権の行使を禁ずるから戦争への要員は送れない、という主張だった。

一方、1980年代からの日本の経済攻勢は激しく、とくにアメリカでは反発が広がっていた。当時の初代ブッシュ政権にも近いヘリテージ財団はそんな日米関係の悪化への懸念をこめて、その根源は日本の特殊な憲法にあるとする率直な見解を打ち出したのだった。

その内容を32年もが過ぎたいま紹介するのは、当時のアメリカ側の指摘や批判がいまの日本の現状の核心を射ているからである。同時にこの往時の指摘がいまのアメリカ側の認識を象徴しているともいえるからだ。だから岸田首相にもぜひ留意してほしい内容なのである。

ヘリテージ財団の政策提言「日本の民族精神の再形成」の最重要な部分は「ブッシュ政権は日本側に対し非公式に1995年頃までに独自の憲法起草を始めることを促すべきだ」という勧告だった。その提言本体の骨子は以下のようだった。