NHKのインターネット事業を必須業務に格上げする改正放送法が17日、参院本会議で可決、成立した。ネット視聴料は地上波契約と同額の月額1100円になる見通し(地上契約の受信料を払っている人は追加負担なし)。スマートフォンやパソコン(PC)に専用アプリをダウンロードしてIDを取得した人のみから料金を徴収する方針だが、現在、チューナー付きテレビを持っていればNHK受信料を払わなければならないと定められているため、将来的に「スマホを持っているだけ」でネット視聴料を徴収されるようになるとの見方も根強い。NHKがネット事業の必須業務化に前のめりになっている理由は何なのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。

 現在NHKはネット業務を「任意業務」「実施できる業務」と位置付けており、NHKのテレビ放送内容の「理解増進情報」に限定するとしてきた。ネットコンテンツとして「NHKプラス」や「NHKオンデマンド」「ニュース・防災アプリ」などを運営しているが、今回の必須業務化に伴い理解増進情報を廃止し、「放送とネットは同一」という方針に基づき番組と密接な関連を有する「番組関連情報」のみを配信する(災害情報などの緊急情報は無料配信)。

 NHKがネット業務の必須業務化を進める理由について、元日本テレビ・ディレクター兼解説キャスターで上智大学文学部新聞学科教授の水島宏明氏はいう。

「世界的に放送から通信へという流れが強まるなか、日本はこの動きに遅れており、放送法も基本的には放送しか想定していないため、総務省がリードするかたちで後追いで法律を現在の実態に合うかたちに変えたといえます。一方で、NHKは法律で国民に支払いが義務付けられた受信料による収入があり、そのうえでネットで数多くのオリジナルコンテンツを流すと、民放のテレビ局や新聞社を圧迫することになる。そのため民放の要望を飲むかたちでネットでは放送と同一の内容のみを配信することにしたわけで、ある種の妥協の産物といえます。

 公共放送局と民放放送局には、両者が二元体制をとることでジャーナリズム全体のクオリティを高めるという公共的使命を担っているという前提があり、その前提を維持しつつNHKのあり方を世界的潮流に合わせていくためには、今回のようなかたちで両者が妥協せざるを得なかった面はあるのかもしれません。ですが、たとえば『NHK政治マガジン』というサイトは、放送時間の制約などでテレビ放送では流せない良質な情報を多く掲載していましたが、法改正に伴い廃止になってしまいました。こうした動きは国民にとってはマイナスといえ、全体でみたときに国民にとって良い方向に向かっているのかは疑問です」

 注目されるのがネット視聴契約の料金だ。現在、地上契約のみの一般的なケースでは月額1100円(口座振替・クレジットカードなどで2カ月払いから)だが、ネット視聴料は同額になる見通し。地上契約の契約者には追加負担は求めない。

「テレビを見ない人、自宅にテレビがない人の増加に伴い将来的に受信料収入は右肩下がりになると予想され、NHKとしてはネット視聴でも広くお金を取れるようにしたいが、そのためには法律でネット事業も必須業務だと認めてもらう必要がある。だが国民の義務として集めた受信料を使ってネットでオリジナルのコンテンツを積極的に配信すると、ネット配信に注力している民放テレビや新聞社から民業圧迫だと批判を受けるので、配信内容を放送と同一にするという妥協策で手を打ったということ。

 また、テレビとネットで流すコンテンツを別々にすれば、契約も明確に別個に分けるのが自然だが、契約を完全に2本立てにするとなれば『テレビを保有しているだけで受信料を取られる現行の契約形態は果たして継続させるべきなのか』という議論が沸く可能性もあり、NHKとしてはそこに世論の関心が向いて見直しの機運が生じることは避けたいところ。もっとも、『ネットはオリジナルのコンテンツを中心に流すので、地上契約をしている人もネット視聴する場合は新たにネット視聴の契約をしてくださいね』という形で契約を分けたとして、どれだけの人がネット視聴を契約するのかは疑問。こうしたさまざまな事情から地上放送とネットをできるだけ一体にしておきたいというのが本音だろう」(民放キー局関係者)

NHKにとっての至上命題

 NHKの危機感は強い。NHK受信料収入は2020年度には年7000億円を割り込み、テレビを持たない世帯の増加も影響して今後も右肩下がりになると予想されている。そのため、昨年4月からは、期限内(受信機設置の翌々月の末日)に受信契約を締結しなかったり、不正に受信料を支払わない人に対し、本来の受信料の2倍の割増金を課す制度を開始。より広くかつ確実に受信料を徴収する動きを加速させているNHKが、将来的にスマホやPCを持っているすべての人から視聴料を徴収することになるとの見方もある。

 前出・水島氏はいう。

「日々ニュースはチェックしているけどテレビでは見ないという人や、ドラマもネットの『TVer(ティーバー)』で視聴するという人が増えるなか、『家にテレビがあれば料金を徴収しますよ』という形態は、いつかは見直さざるを得なくなります。そのようななかで、NHKが将来、テレビを保有しているかどうかにかかわらず、より広く受信料を徴収するようになるのではないか、ということは、放送界の誰もが考えているでしょう」

 民放キー局関係者はいう。

「いくら受信料収入が下がっているとはいえ、法律で定められた受信料制度のおかげでNHKには何もしなくても毎年6000億円以上ものお金が転がり込んでくるわけで、グループの連結剰余金残高は5000億円もある。NHK自身が認めているとおり、受信料は『視聴の対価』ではなく組織運営のための『特殊な負担金』であり、巨大な組織を存続するために国民からできるだけ広くお金を徴収していくというのがNHKにとっての至上命題だ。

 なのでネット視聴料も最初はスマホにアプリをダウンロードした人からのみ徴収するというかたちにしておき、将来的にはテレビの受信料と同様の考え方でスマホを所有していれば視聴料を取りますよという流れになってくるのは目に見えている。『テレビ視聴者が減って地上放送の受信料が減っており、公共放送機関としてのNHKの組織を維持していくためにはスマホを持つすべての人から料金を徴収する必要がある』などと、あの手この手でロジックを持ち出してくるだろう」